2014年12月22日月曜日

サトシとマサルと、そして時々ツトムのお話(2)

サトシたちの初登校の日、午前中の学級会を中心とした授業が終わり下校時間となった。弟のツトムは六年生に連れられての集団下校となったため、サトシは独りで下校することになり下駄箱で靴を履きかえると、東側の校門に向かって歩いていた。東側の校門には、先に出ていたマサルがいて、サトシを待っている様子であった。

「あのね、朝サトシ君が見せたいものがあるって言ってだろ。なんだか気になってさ、待っていたんだ。」

 
それはサトシにとってはやや珍しく思えるマサルの反応であった。マサルは、確かにサトシが「一緒に帰ろう」と軽い気持ちで誘ったのではあったが、何時もマイペースのマサルが本当に彼の誘いに乗ってくるのは意外であった。

 
マサルは、2年の1学期が始まると同時にサトシ達のクラスに転校してきた。彼は、途中から編入になったためか、当初は物静かでクラスの仲間にもなかなか馴染む様子がなく、クラスメートと休憩時間などに一緒に遊ぶこともしなかった。学期が進むにつれて、彼の異能ぶりがサトシを含めて他のクラスメートの知るところになるのであるが、彼はどの教科においても頭抜けて出来て、主要科目以外の図画を描かせても教室前の廊下に張り出されるし、音楽においてもハーモニカやオルガンを上手に弾きこなした。体育は少し苦手であったけれどもそつなくこなしていた。サトシもクラスでは勉強の出来る方であったが、その彼をして「この子は天才だ!」と舌を巻くほどに何にでも秀でていた。ただ、彼の万能ぶりと、彼自身が意識していたわけではないのであるが、周りの子供に比べてどこか大人びてクールな態度や何時もマイペースで他の男子に交じってバカ騒ぎをしない態度が、いつの間にか他の子供を簡単に寄せ付けぬ風情を醸し出していて、その後もなかなか親しく付き合う友達を作れないでいるようであった。

 
サトシはサトシで、入学する2年前(即ち幼稚園の年中組に上がる年)に父親の転勤の都合でその県の北西部にある田舎町から引っ越してきて、この学校区に住み始めたのであるが、それまでの自然豊かな田舎暮らし(それは、幼子が家庭の中で過ごした時期と重なるのであるが)から、新しい環境(都会暮らしと同時に、家庭を離れて幼稚園という新しい生活世界への広がり)になかなか馴染めず、寂しさやある種の違和感を感じ過ごしていた。それでも小学校に入学し更なる新しい世界が広がると、彼なりにその世界:新しい学校生活とそこで出会った他の子ども達との交流に適応しようと努力していたのであった。

 
2年生2学期の国語の授業に、サトシにとってちょっとした事件が起こった。

 
担任の教師に当てられて、サトシの隣に席のあったマサルが「機関車やえもん」を読み始めた。マサルはそれぞれの登場人物のセリフに声色を変えて、感情たっぷりに読み始めたものだから、次第に他のクラスメートがくすくす笑い出し、仕舞には当てた担任の先生も笑い声を出し、当てた部分を彼が読み終えると「みんな、拍手!」と彼を讃えた。サトシにとっても、他のクラスメートにとっても、マサルの中に別の一面を見出した瞬間であった。「実は面白い子なんだ」とサトシはマサルに対する興味を初めて覚えたのであった。

 
サトシが、次の休憩時間にマサルに「さっきの機関車やえもん、面白かったね」と伝えると、彼は「そうかなあ」と先ほどのクラスメートの盛り上がった反応を気に留める様子もなく返事した。そして返礼とばかりに、「うんとさあ、サトシ君時々自由帳に時々何か書いているでしょ。あれは、何書いているの?」と聞き返してきた。

 
サトシは、マサルが普段は周囲のクラスメートに無関心な様子を示しているのに、実は色々見ているんだということをその時に初めて知り驚いた。「ええっとさあ、好きなクルマとか、昆虫とか、魚とか・・・・・・、まあそんなところかな」と答えた。

 
その答えを聞くと、マサルがそれまでのクールな表情を一変させ、目をクリクリと輝かせながら、「昆虫?何々それ。やっぱクワガタとかカブトとか、か?」。

 「うん、それもあるけれどねえ、やっぱカミキリムシが良いなあ。それと蝶も良いけど。」とサトシが言い終わらないうちに、マサルがニコニコとし始めて「いいじゃん!」と応じた。

 
それ以来、二人の関係は急に親密になり始め、休憩時間と下校時間のひと時の多くを一緒に過ごし始めたのであった。その背景には、共通の趣味を持つ者同士の他に、心の底にどこかその街に馴染め切れない異邦人同士としての連帯感のようなものを子どもながらに感じたのかも知れなかった。

 
ただ都市部の小学校低学年の子ども達は、学校から家に帰ると家庭での生活が中心であり、帰宅後子ども同士で遊びことは少なく、サトシもマサルも放課後は夫々に習い事や自宅での遊びに没頭していたのであり、二人の関係も学校内に限られたものであった。それでも、お互いに話していくうちに、二人の共通の話題として昆虫を中心にした生き物に興味があること、習い事の関係で音楽に興味があることなどを確認し合い、更に親密度を増していったのであった。そのようにして二人の2年生は過ぎていったのであった。

 
さて、場面は再びその日の下校時の場面に戻らねばならない。

 
東門で待ち受けていたマサルがサトシに声をかけ、そしてサトシがそれ応じる。「あのさ、やっぱオニヤンマおばさんは怖かったあ。マッチンが、学級会の時にぺちゃくちゃ喋ってたら、チョークが飛んできて、立ってなさい!っていうんだよ。あのマッチンがびっくりして立ち上がってたよ(笑)。それで、さっきのノートのことなんだけど、あそこの神社にちょっとだけ寄ってね、そこで見せるよ。“ちょっとだけよ、アンタも好きねー”」

 
「なにそれ(笑)?」「あれ加とちゃん、知らんの?」“流石に、マサルは知らないのか”とサトシは内心苦笑いをして、歩き出した。

 
彼らは、東門を出ると朝来た川沿いの道を歩いた。太陽はすっかりと天上から穏やかな光を降り注ぎ、東側にはビルや住宅の建物の向うに空に大きく稜線を描く高い山がそびえている。その山は、青みがかった深い緑に覆われていたが、所々白からピンクが斑点のように認められた。あれは何時の事だったか、サトシは母親からあの白やピンクの斑点は、桜の花や桃の花が咲いているんだよと教えて貰ったことがあった。その日は山頂付近には霞がかかり、綺麗にその稜線を追う事が出来なかったのであるが、その風景も二人の幼心に春を感じさせるものがあった。

 
川沿いの道を二人で南に数100メートル歩くと、その街の東西を走る大通りのひとつに当たり、普段であればそこで二人は別れるのであるが、その日はその大通りを左折してすぐのところにある、小さな神社に立ち寄った。ここが、この界隈のこどもの遊び場のひとつになっているのであったが、幸いにまだ二人以外の子どもの姿はなかった。社の階段に二人で座り、サトシが、すこしはにかみながらランドセルからジャポニカ学習帳の自由ノートを取り出してマサルに見せた。

 
「おお、サトシ君凄いじゃん。上手いなあ」

 
そこには、色々な種類の魚が描かれていた。そのノートはサトシにとって、謂わばマイ図鑑であった。サトシは、小学校1年生の夏休みに両親に連れられて海水浴に行った際に、磯遊びを経験し、その日以来魚や磯に生息する水生生物に興味を持ち始め、その関心が次第に膨らんでいった。その様子を見ていた両親が、最初は子供用の魚図鑑を買い与えたのであるが、彼の深まる知識にその図鑑では間に合わなくなり、2年生の春休みに一般成人向けの図鑑を買い与えた。サトシは、春休み中、毎日のようにその図鑑を開き、自分の気に入った魚の絵を見ては、それを少しずつ自分の自由帳に描き出していたのだった。

 
マサルに褒めれて、サトシはとても嬉しく「サンキュー」と応じ、「じゃあさ、今度はマサル君のお宝を何か見せてよ」とマサルにリクエストした。

 
「そうだねえ、お宝ねえ、ちょっと考えとく・・・・」とマサルもすこし思案顔を作りながらも笑顔で応じた。

 
こうして二人の新しい学年が始まったのであった。

 

~つづく~

 

追記;いけない、まだ先が読めませぬ。どう展開させようかな(笑)。

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