近所の畑で、梅の花がほころび始めている。 まだ冬の名残が肌に触れる頃だというのに、枝先の白はひっそりと光を帯び、春の気配を先取りするように咲いていた。例年より少し早い気がする。その早咲きの気まぐれが、今年は胸に深く沁みた。
東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ — 菅原道真
この歌が、今年ほど切実に響いたことはない。 1月3日、この梅畑の主であった伯母が亡くなった。 誰よりも梅を愛し、春を待ちわびていた人だった。その主を失っても、梅は春を忘れず、淡々と咲き始めている。その姿が、いっそう愛おしく思える。 どうかその香りが、浄土にいる伯母へ、そして伯母と双子のように寄り添い合って生きた亡き母のもとへ、そっと届いてくれたらと願わずにはいられない。
伯母が他界してからしばらく、私は深い悲しみの底に沈み、思考が止まってしまったようだった。 外から見れば、きっと奇妙に映っただろう。仕事にも手がつかず、ただ時間だけが空虚に過ぎていった。
このままではいけないと思い、私は歎異抄(現代語訳)を開き、そして七日ごとの法要に足を運ぶことにした。 歎異抄は、唯円が親鸞聖人の言葉を記したものだ。「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで、凡夫も悪人も浄土へ導かれる——阿弥陀仏のお力に抱かれて生かされている、と説く。 読み進めるうちに、私はふと気づいた。 自分は環境や人との関わりに支えられて生きているのだと。その事実に気づき、感謝できるなら、人はもっと自由に生きられるのではないかと。
七日ごとの法要では、ご住職が「仏説阿弥陀経」を唱える。釈迦如来が弟子の舎利弗に語った極楽浄土の景色がそこに描かれているという。 お経のあとには法話があり、少しの歓談を経て寺をあとにする。伯母の長男と私の二人で、週末ごとに六度ほど通った。
その時間を重ねるうちに、悲しみは少しずつ輪郭を変え、心の奥で固まっていた何かが、ゆっくりと溶け始めた。 止まっていた内側の時間が、また静かに流れ出したようだった。
寂しさは今も消えない。 けれど、亡き人が大切にしてきたものを、私もまた大切にし、引き継いでいくこと——それがこれからの私の支えであり、歩むべき道なのだと思う。 春が来るたび、この畑の梅を、伯母に代わって私が愛でていきたい。