2021年5月18日火曜日

without him

 ああ、やっと見つけた。Astrud Gilbertoが歌う「without him」という曲。

 GWが明けた次の日曜日に、イチロウ氏が広島県安芸津町にあるレコードショップ「This Boy」を訪問した折に、Astrud Gilbertoの「the essential Astrud Gilberto」のLP盤を買ってきた。同氏曰く、内容はさることながら、そのジャケットを気に入り、私のために職場に飾ってやろうという意図で購入したという事だった。


 私が長年のアストラッド・ファンであることを同氏はよく理解しており、「このジャケットを見せたら私がさぞ喜ぶだろう」と思ってくれたらしいのであるが、実際同氏が購入したLPジャケット写真は、どこかの空港でジェット機を背景に、本人が手すりに腰を持たれつつ、顔をやや左に傾けてこちらを見つめているというショットで、60年代の空気感をたっぷりと伝えつつ、アストラッド自身の姿も誠に愛らしいもので、私自身も大変気に入ってしまった。

 このジャケ写真を眺めていたら、ふと学生時代にイチロウ氏と共に彼が手に入れた音源をカセットテープで流しつつよくドライブに出かけていた情景を想い出した。彼は長期休暇で帰省した折、弟ジロウ氏が入手したものや、或は兄弟でレコード屋巡りをして手に入れた音源をカセットテープにどっさりとレコーディングし、休みが明けて下宿に戻って来るとドライブの折などに私に聴かせてくれたものだった。当時ブラジル音楽(に限らず、文化的な情報なども)については、私のように地方に住み、周りに同好者がいない環境で過ごしている者にとって、彼(ら)がもたらす音源の量・内容は大変貴重なものだった。その頃、イチロウ氏と私は、暇な時に交代でお互いのクルマを出し合ってドライブしたものだったが、彼が運転する古い日産セドリックに乗ると貴重なブラジル音楽の音源が流れてきて、目の前の車窓の風景を楽しみつつも、その音楽世界にどっぷりと浸かることが出来た。その中にアストラッドの曲も多く含まれていて、ある曲が私の心を捉えて長年忘れ得ぬものになった。

 私たちは大学を卒業すると別々のところで就職なり過ごすようになって、私はイチロウ(とジロウ)が収集した音源を聴くことが出来なくなってしまったのだったが、幸い90年の一時期に60年から70年代のブラジル音楽の音源が次々とCDとして復刻発売されて、私は記憶を頼りに、彼らから教えて貰った音源を求めて、休日になるとそれらのCDを買い漁った。私は後追いながらもそれらの音源を手にすることが出来て、休日になると、クルマでそれらの音源を流しながらドライブをするという学生時代の延長を独りで楽しんでいたのであった。

 ただ、アストラッドのこの曲はどのアルバムを買っても収録されてなくて、私にとっては幻の曲となっていた。如何せん、その曲名も収録アルバムのタイトルも知らぬまま手あたり次第彼女のアルバムを買っていたので、私がなかなか手に出来ないのも無理からぬことであったが、或は発売する側も人気がないアルバムで復刻する意図を持たなかったのかもしれない。そして、結局のところ、現在に至るまでその曲に再会することが出来ず30数年間の時間が経ってしまっていた。

 この度、イチロウ氏とジャケットを眺めながら、私はその事を想い出してその曲のタイトルを同氏に尋ねてみた。

私「あのさ、アストラッドの曲で無茶カッコいい曲あったでしょ。スローテンポのストリングスで入って、途中からアップテンポになって、また元のスローなテーマに戻るあの曲。あれってなんている曲だったけ?」。

 そうすると、イチロウ氏は問い直すこともなく「ああ、あれね。『Without him 』ね。途中から入ってくるベースのラインとホーンセクションがカッコいいやつね。」とさらりと答えた。このあたり、彼とはツーと言えばカーと答える間柄で、苦労することなく彼に私の意が伝わったので可笑しくなってしまった。

 私「その曲は、どのアルバムに入っていたんだ?随分探してみたけれど、分からず仕舞いだったんだよね」。同氏「いや、実はオレもわからないんだよな。ベスト盤にたまたま入っていたんだよね。」という事らしかった。

 


そうか、善は急げ。ということで、早速Amazonで探してみると、Astrud Gilberto /5 original albums (Verve)なるものがあって、その中に含まれていたアルバムのひとつ「I haven’t got anything better to do」の中に「without him」が収録されていた。一度、you tubeでその曲を聴いたところ、まさしくズバリ私が長年求めていた曲であることを確認し小躍りしたくなるような気分で再びAMOZONに戻り、迷うことなくポチったw。たった1曲のために5アルバムも収録されたコレクションを購入することになったのであったが、その価値は十分あると思った。数日後、その5枚のアルバム入りCDコレクションを手に入れた時の私の歓びは、月並みな表現だけれど、まさしく筆舌に尽くしがたいものであった。この曲はやはり今聴き直してもカッコいい。

 この曲を聴いていると、イチロウ氏のクルマでドライブしたシーン、小雨の降る中の岡山の田舎道や山道の情景、或る日別の友人から借りた古いアウディ80に乗り二人して日本海まで遠出した時の愉快なエピソード、また古い日産セドリックのファブリックシートにしみ込んだオイルの匂いまで想起されて、何とも懐かしくなってしまった。

そして、これからは末永く自分のクルマで、気が赴いた時にこの曲を取り出しては楽しむことが出来るかと思うと、意味もなくひとりニヤついてしまうのであった。

 因みに今回購入したコレクションには1The Astrud Gilberto Album 1965 2) Look to the Rainbow 1966 3) Astrud Gilberto/ Walter Wanderley, A Certain Smile, A Certain Sadness  1966 4) Windy 1968 5) I haven’t got anything better to do 1969 5アルバムが含まれていた。

1) から3)までは既に持っていたのであるが、4)、5)はこれまで持っておらずその存在さ

えもこの度初めて知ったところであった。早速、4)、5)をipodに移植しつつ聴いてみたのだけれど、私は思わず頭を抱えてしまった。うーむ、聴いていてなんだか辛いw 5)はポップスとしてまとまっていてそれなりに聴き通せるのだが、4)はどうもいけませぬw

 そもそも、アストラッドが如何なる歌い手か少々悩むところがあって、Jazz ファンであれば「Getz/ Gilberto」「Getz oh go go」辺りでの彼女の歌唱を好むヒトは多いだろうし、それから進んでボサノバファンになったヒトならば、1)のアルバムの他、「The Shadow of Your Smile」「Beach Sumba」辺りまでは無条件でコレクションに持っているだろう。そして許容範囲として上の3)くらいまでの作品を佳しとするのだろうけれど、45)の作品になってしまうともうダメだと判断されるのではないかと思われる。

 アストラッドの歌唱は、その可愛らしい声質をしているものの、声量は乏しくピッチも不安定。与えられた曲も次第にボサノバ・ブラジル音楽を離れてアメリカンポップスになってしまっている。うーむ、若かりし20代の頃手当たり次第に購入したアルバムを聴きながら独りがっかりしたことを想い出してしまったw。「without him」をゲットしたら収集を終わりにしようと思いつつ、いつまで経っても出会えない辛さw。そうだった、あのほろ苦さ故にいつの日かアストラッド作品を収集することを断念したのだった。

 うーむ、アストラッドをどう評価(自分の中で位置づけるか)するかは全く難問ではあった。

 


次の日曜日に、コロナの影響でどこにも出かけられない状況下で、小雨の中を当てもなくドライブをしながら、彼女の演奏を聞き流しながら漠然と考え直していた。彼女無くして(without her)私は、ボサノバ・ブラジル音楽に出会う事なかったのは確か。そう思い当たり、作品的評価は度外視してみると、アストラッドは紛れもなく私のアイドルなんだよな。そうか、アイドルと云えば日本の70‐80年代のアイドルだって、歌唱力はそれほどでもなくてもそのキャラクターの魅力から大手レコード会社の大物プロデューサーが付いて、名うてのミュージシャンが楽曲を提供しバックの演奏を務めているケースも多かった。アストラッドは、日本で云えば浅田美代子さんや麻丘めぐみさんだと思えば、良いのではないかw? あの60年代半ばから70年代にアメリカのポピュラー音楽業界で求められていたキャラクター/ アイドルだと捉えたら良いのではないか。

 自分の中でそんな風に定義出来たらなんだか愉快になってしまって、ドライブからの帰路を遠回りしながら更にアストラッドの歌声に耳を傾けるのであった。どんな音楽だって、私の好きなアイドルが演奏しているのだよ。そう思うとストンと腑に落ちた。どんな曲も違和感なく私の心に入ってくる。めでたしめでたしw

 最後に、イチロウ氏(とジロウ氏)なくして without him)、この「without him」という曲と出会い、また30数年後に再会する事は叶わず、そして私の中でのAstrud Gilbertoの定義づけも出来なかった。どうも有難うw

 


てなわけで、ついでに若い頃に購入し、長らく聴かず仕舞いだったこの3つのアルバムも聴き直してみるかな。

 

おしまい