「坪希旅館」の外観を眺めた後、再びゆるりと走りはじめて、しばらく行くと波止場を通り越して、防波堤沿いの径に入る。右手には、海を隔てて大黒神島が見えた。水面は穏やかで、小さな遊漁船が浮かんでいた。1枚写真を撮っておこうと、自転車を降りた。自然とロベルト・メネスカルの「小舟」を口ずさんでしまったのであるが、イチロウも似たような気分らしくトム・ジョビンの「sue ann/ tide」が浮かんだらしく口ずさんでいた。
しばらく水面を眺めていると、イチロウが「あのさ、今回の琵琶湖行き、24inchの折り畳み自転車持って行かないか?そうしたら、行きたいところに行けるし、途中で走るの飽きちゃったら、途中で輪行しても良いしさ。その方がのんびり走れて愉しいんじゃね?」などと言い出した。
“えっ?” うーん、それはどーいう意味だ? 行きたいところに行ける?途中で輪行?それは大会のレギュレーションを大きく逸脱していないかい? いっそのこと、大会出場はキャンセルして、湖東・湖北地方の自転車で行く名所めぐりという事かいなw?それはそれで楽しそうなのだが、せっかくこうして合宿を張って精神的にも身体的にもロングライドに向けて盛り上げていこうとしているのになあ……。
またもや、どう答えて良いか分からず、むにゃむにゃと曖昧な反応を示すと、イチロウがその曖昧は応答に被せるように「だってさ、俺たちベテランだぜw」などという。
“ベテランと言ったてなあ…”
.
確かに年齢的にもベテランの部類だし、イチロウにとっては今回の参加は3回目だから、冷静に考えたら新鮮味はないわね。ましてやこの度はジロウもヤマグチ青年も不参加であれば、コースをハードに走る連れもないしなあ。彼のモチベーションが上がらないのも分かるような気がした。
どうも先ほどの桟橋の件にしても、この度のイチロウの発言にしても今ひとつ気分が盛り上がらないようで、今回の107㎞ツーリングの先行きも大変怪しい雲行きとなった気がした。
その後は、ポタリングでその径脇にある造船所や石油備蓄基地を眺めたりしながら、ゆるゆると進み、小古江地区のコンビニで小休止。そのまま、県道沿いを進み大君地区に抜けるやや険しい峠道を何とか乗り越え、江田島と倉橋島を結ぶ早瀬大橋を渡り、倉橋島に入った。
早瀬大橋から倉橋島の本浦地区を目指して県道沿いを南下、しばらく平坦な道路が続くが、宇和木地区から本浦地区へ抜ける長い峠道が今回のコースの最大難所である。距離2.4㎞、高低差90mくらい坂を上がっていくのであるが、精神的にも身体的にもかなり応える。
個人的には、「嘆きの坂(笑)」「思索の坂(笑)」などと呼んでいるが、とにかく辛いw。
各自のペースで登坂を開始、私はゆるゆるとイチロウはスルスルと登り、瞬く間にイチロウが見えなくなった。
“なんでこんなきつい事やってるのかな。”毎度毎度この登り坂を漕いでいるとそう思う。夏は蝉しぐれ、今は追い越して行くクルマの音だけが聴こえてきているが、己の苦しい作業の中では静寂で時間が留まった感覚になる。ふと己の人生を振り返って「いつまで登り坂を歩き続けないといけないかね」「この坂の登坂とトンネルに差し掛かる行程は、昔読んだ臨死体験/ 『老いと死のフォオクロア(著者・出版社については失念』に似てるんだよな」などと思ったり、先ほどからの上がらないイチロウのテンションの理由についてあれこれ考えてしたりした。途中で何度か足を着いて休もうかとも思うが、いやいや速度は出なくてもペダルを漕ぎ続けたら前に進むからねと慰めつつ緩やかに坂を上っていった。その坂のピークを越えると緩やかな下り坂となりそのまま長く暗いトンネルに差し掛かる。そしてトンネル出口に差し掛かると明るい視界が開けて四国側に向かって瀬戸内海の景色が広がっていた。いつもこの景色を眺めると心が安らぐ~トンネルの出口でイチロウが待っていてくれた。
そこから眼下に見える本浦地区に側道を下って海岸沿いの県道に出る。しばらく行くと今回のコースで一番の楽しみの食堂「かず」があり、そのお店に11:15頃到着。少々早めの昼食兼休憩を取ることにした。
イチロウに誘われて自転車に乗るようになってから、“喰える時に喰っとけ”主義が体に染みついてしまった。途中で水分・栄養補給を怠ると、脱水状態や突然のハンガーノックアウト状態に苦しむ経験を2-3度繰り返したためで、あの経験は繰り返したくなかった。「喰える時に喰わなきゃ損損w」を合言葉に休憩時にはとにかく何かを喰っているw
食堂「かず」に入りカウンター席に落ち着くと、何を注文するかしばし嬉しくも悩ましい選択を行い、結局「カキフライ定食」を注文。イチロウは「日替わり定食・ダブル」なるものを注文していた。どうも二種類の日替わり定食のおかずのみを二つとも注文するとかで、なんだか常連客のみぞ知る裏ワザみたいで“やられてしまった”w。
私が注文したカキフライ、これは絶品だった。ひとつひとつ大きな身をしてプリンとした食感、且つそれほど磯臭さが少なく大変美味で、感動してしまった。大満足のうちに完食して、満たされたお腹をこなれさせるために休息を取っていると、店のおばちゃんがやって来て、
「今朝ねえ、別のケイリンさんが3人やって来てたよ~」と笑いながら話しかけてきた。
オイラたちがまさか競輪選手に見えっかw? はたまたロードバイクに乗っているオトコどもを一括りにして、ケイリンさんと呼称されてるのか?真意は尋ねなかったけれど、でもこのローカル感が良いしあたたかな店の雰囲気と相まって、気持ちが安らいだ。でも、ここのお店も他所から来る自転車ツーリング愛好家に少しずつ知られてきているんだなあ。
一息ついて、お腹がこなれたところで、出発することになったが、イチロウが「鹿島に到着が2時頃で、往路に2時間くらかな」と呟いた。
“お、イチロウ。少々モチベーションが上がってきたかw”
上手い昼飯を喰って疲労が取れてモチベーションが回復したところで、鹿島を目指したのであった。
(つづく)
0 件のコメント:
コメントを投稿