1. ボクとクルマの関係性
この頃は、すっかりクルマというものに興味がなくなった。色々なコンピュータシステムを積んで、ハイブリッドだの、EVだのと駆動システムが変わって、年々進む安全基準の厳格化でボディサイズは大きくなり、その総合的な結果として、販売価格は高額化している。
メーカー側も開発費が莫大になってしまい経営的な判断で合併再編が繰り返された結果、市場に出てくるクルマは似たり寄ったりで没個性化あるいは逆に個性を強調するがあまりにグロテスクとまでは言わないものの美しいとは言えないクルマも多々見受けられる。
特に流行りとは言え昨今のSUV風クルマの跋扈はやめてほしいw 日本の道路事情は変わっていないのに、クルマだけ図体がデカくなってしまっているので、小径に入ると離合がしにくいし、立体駐車場に停められないなど不具合も少なくない。
だから、還暦オヤジは、もうクルマなんてどうでも良くなってしまっている。今は通勤などの日常生活にどうしても必要なために乗っているが、そんな生活から早く卒業できないものかしらとさえ思っている。
そんなオヤジにもクルマに憧れる時代があった。物心ついた頃から、助手席に乗せてもらうことが好きで、フロントガラス越しに見る風景を眺めたり、走っているクルマの名前を当てたりするのが好きだった。小学校高学年では、「サーキットの狼」という漫画に夢中になり、「スーパーカーブーム」にハマり、スーパーカー・ショウに出かけて写真を撮りまくったり、近くの自動車工場に持ち込まれる外車に見惚れたり。
高校・大学に進めば、デートカーブームがあり、そして何よりカーグラフィックに代表されるクルマ情報誌が成長したスーパーカー世代の夢をつないでくれた。
社会人となり、自分である程度収入を得られるようになると、「一生に一度はポルシェを所有したいものだ」と当てのない夢を描いたものだった。その夢は、目の前の現実:結婚し子どもが生まれると、目の前の生活にお金は消えてゆき、ポルシェを所有するなどという淡い夢はいつの間にかどこかへ消え、そのうちにクルマそのものに興味を失ってしまい今日に至ってしまっている。
大学1年か2年生だったと記憶しているが、その頃毎週末にクラブ活動で大学のグランドに通った。そこの駐車場に毎回のようにパタパタというエグゾーストサウンドを響かせてやってくる一台のクルマがあった。確かベージュ色のボディーカラーにルーフはブラックの塗装で、低い車高の二人乗りのスポーツカーだった。スーパーカー世代のはしくれであった私にはそれがポルシェ914であることがすぐにわかった。所有者はおそらく大学関係者であったろうが、線の細い優男で、華奢なフォルムを持つそのクルマにその男性が妙に合っていてとてもカッコよかった。
当時としても発売以来10数年は経っていたはずで、周囲に駐車されているクルマと比べると、そのいで立ちは少々クラシックで頼り気のない佇まいが、却っておしゃれであり可愛らしさを感じさせた。夕暮れ時になると、再びパタパタというエグゾーストサウンドを響かせながらそのクルマがどこかに走り去っていくのであるが、その残音を聞きながら「ああ、オレもあのクルマに乗ってどこかへドライブに出かけたいな」「夏の夕暮れなどは、あのパタパタサウンドを響かせながら海岸べりの道をゆっくりと走らせたら、さぞかし気分良いだろうな」と思ったものだ。
それから20数年が経ち、ボクは家庭を持ち日々の仕事も多忙を極めていた。クルマの買い替えを考えて、休日になると家内と近所のディーラー巡りをしていた頃のこと。ある日、イタリア輸入車の販売店を訪れた時のことだった。小型のフィアットやアルファロメオが陳列しているフロアの片隅に、なぜかぽつんとポルシェ914が置かれてあった。
「あーっ」と思い、フィアットやアルファロメオの展示車の見物もそこそこに、そのクルマに近づき、ボディーや内装・インパネ周りをじっくりと見回った。ボディーは赤、ルーフは黒で傷一つ目立たずきれいに塗装されていた。シートもインパネもドアの内側のウレタン部分も、流れた歳月を感じさせるもののきれいに手が入れなおされていた。
しばらく声にならないうめき声を心の中で発しながら熱心に観ていると、店の若い店員が近づいてきて、「お客様、ポルシェ914に興味が御有りのようですね。弊社はこのたびヴィンテージカーのレストアと販売を本格的に行う部門を立ち上げまして、販売を展開しています。県内外から愛好家の方々がたくさんお見えになり、気に入ったものがあれば購入されていますよ。ちょうどお客様と同じような年代の方が、こういったヴィンテージカーを所有したいという機運があるようですね……」「もしよろしかったら、この店舗の近くの倉庫に何台かヴィンテージカーを展示していますから、ご覧になっていかれますか?」
ボクとしては断る理由は何もなく、ほいほいとその若い店員の後をついて行ったのだった。
その倉庫の中には、あるわあるわ……。ロータスヨーロッパ、BMW02、モーガン、チンクエチェント、アルファロメオ・ジュリエッタ……。かつて夢をみていたクルマがきれいにレストアをほどこされ、眠っていた。
若い店員が再び近づいてきて、「お客様、何かお気に召しましたクルマはございますか?」と尋ねた。ボクは「うんとですね。どのクルマも素晴らしいけれど、やっぱり最初に観た914が良いですね……。」
「そうですか。それは良かったです。今だったら販売価格400万円にしていますから、けっしてお買い求めしにくくはないはずです。弊社はさらにお買い求めされやすいように、低金利のローンも設定できますよ……。」
「きた〜! 悪魔のささやき……」
400万円か〜、決して出せない金額ではない…。昔あこがれたクルマ、そしていつかはポルシェ所有を夢想していたボクにとっては、絶好のチャンスだと思われた。普段は眺めて幸せな気分になり、週末はこの914を駆り出して海沿いの国道をゆっくりと走る。その気になれば、そんな生活が送れるはず……。
914をドライブしている自分を想像し相好が崩れるのを辛うじて抑えながら、その若い店員には努めてすました顔で、「うん、ちょっと考えますね。今日は良いものを見せてくださって、ありがとう」とその店舗を後にした。
それからのボクは、ポルシェ914の購入について真剣に考えた。妻にも一方的に「買っちゃうから」と宣言もした。妻は「そうなの?」とまったく相手にしてくれなかったが…。休みになると何度かその店舗前をチャリで通りかかり、そのクルマがまだ売れていないことも確認したりした。
しかし、真剣に914の購入を考えれば考えるほど、その夢はどんどん遠ざかっていった。
まず、販売から40年以上経っているヴィンテージカーを所有するためには、屋根付きのガレージが必要となるが、我が家にはない。電気系統などのトラブルも必至だろうが、そのようなヴィンテージカーを嫌な顔をせずに面倒を観てくれる町工場のおっさんを私は知らない。だから、一からそんな町工場を探さないといけない。本当に購入しようとすれば、どこか屋根付きガレージのある戸建てあるいはマンションの一室を借りるか、購入するしかない。それはそれで素敵で夢のようなカーライフだと思えたが、実際にそうすると、ガレージの維持費だけでも馬鹿にならないだろう……。それに、その時期は子どもの受験と大学進学時期と重なり、家計費に新たな負担が今後のしかかってくるだろうと思われた。
どう考えてもその時期の自分には914の購入は無理だった。頭の中でどう算段しても、あの店舗にある914は購入できても、その後ずっと914を維持し続ける見通しは全く立たなかった。
「うーむ、悔しいが、仕方がない。自分の人生においてはご縁が無かったとあきらめるほかはない」。自分のなかでひとり盛り上がり、自分で静かにその火を消したのであった。
3. 代償行為としてのロードバイク遊び
その頃、私の年齢で言うと50歳前後であるが、私の同僚であり学生時代からの親友であるイチロウが、ロードバイクにハマり始めていた。熱心にロードバイクを弄っているイチロウの横で、私はさほど関心もなく傍観していたのであるが、無関心である私に向かって、イチロウが熱心に仲間になるように「勧誘」を始めた。
「マサキよ、自転車は良いぞう。自分の二の足でペダルをこいで自分のペースで走るだろう。クルマとは違う風景が流れてなあ、気が付かなかったものを発見するんだよ。同じ道沿いでもさ、ヒョイッと路地に入れば全然それまでに知らなかった世界が広がっているんだよ」
「この前なんか、知らず知らずに旧道を走っていると、ちょっとした標識があってな、よく見ると旧なんとか街道と記されているのよ。へええ〜なんて思って、新しい発見があったりしてさ、そういう楽しみは絶対クルマでは味わえないよな。」
「だからさ、そろそろお前も一台どうだい?最初はGIANTの24インチの折り畳みバイクぐらいから、どうよ?」
“はいはい。始まったw。こいつは学生時代からそうだった。最初は、高校時代のロキシーミュージックの福岡公演に行こう!から始まった。押しは強くないのに、じわじわとボクにその対象となる魅力を語って聞かせ、こっちがその気を見せないと、ボクが取っかかりやすいところからじわっと攻めてくる。そしていつの間にか自分の趣味をこちらに移植させるんだから。この度の折り畳みバイクから始めてみないか?はまさにそのとっかかりだ”
「GIANTの24インチの折り畳みバイクは優れモノでさ。ある程度の走破性は確保しつつも、折りたためて輪行できるから、どこへでもいけちゃう。ちょっと走ってさ、しんどくなれば電車やバスに乗せて帰ってこれるのよ。楽ちんだろうw」「だからさ、お前も持っていても損はないよ。乗らないときには、物置にしまっておけるんだから……。」
その時には、しばらく先の結末も見えているような気がしたが、最終的にはイチロウの提案に絆されて、そのGIANTの折り畳みバイクを購入してしまった。
それが運のつきで、そのあとCINELLIのカーボンフレームのロードバイクを購入するに至る。
実際に自転車に乗り始めると、ボクも直ぐにハマってしまい、年に数回、一番頻度が多い時期は月一でイチロウと計画を立てては往復100km前後の道を走った。ある時には、山口県の海沿いを向かい風と波しぶきがかかる中を走り、またある時には真夏の昼間に広島県の島しょ部沿いを脱水になりながら走った。
そうやって走っていると、折り畳みバイクでは物足りなくなり、もっと早く走りたい・もっと遠くまで行きたいとなり、2〜3年後に本格的にロードバイクを所有することになった。イチロウにその旨を相談するとニンマリとした笑みを浮かべ、「待ってました」とばかりに、数社のイタリアンバイクのブランドを教えてくれた。そして二人でイチロウが懇意にしている自転車店に出向き、店のおやっさんから勧められたのが、CINELLIだった。
その店のおやっさんは我々を出迎えると、泰然とした物言いで「マサキさん、今ねお勧めなのが、このフレームなんですよねえ。きれいでしょう。CINELLIのカーボンでね。お勧めです……。」
ボクとしては、コルナゴやピナレロ、デローザを勧められると思っていたのであるが、聞きなれないCINELLI。でも、王道のメーカーでないのが、却ってボク好みで、そのおっさんの勧めるカーボンフレームを土台にバイクを組み立ててもらうことにした。ただし、ギアにしても、ホイールにしてもそこは安価なものから高額なものもあり、下手したら80〜100万は完成にかかってしまう。そんな小遣いは自分にはないので、段階を踏んで数年かけて各パーツを性能の良いものに変えていく方針とした。
このバイクを手に入れて益々行動範囲は広がった。山口県の走行会で両足が攣ってしまい危うくゴールにたどり着けなくなりそうになったこと、愛媛県今治市から対岸の尾道へのしまなみ海道のツーリング大会参加、そして琵琶湖一周所謂「琵琶一」のツーリング大会に出て、初めて訪れた湖東地方の郷土料理に舌鼓を打ったこと。ボクなりの自転車生活上のハイライトがいくつもあった。
CINELLIのロードバイクは2年おき程度に各パーツのグレードアップを図り、5年後には満足いく完成車となった。その過程で、僕なりに気が付いたことがあった。「ああ、スーパーカーを所有することは夢で終わったけれど、ロードバイクという形でイタリアの高級車を所有できたんだ。そしてエンジンは己の二つの脚になっちまったけれど、乗り物に乗って風景を楽しんでいる。形は変わったけれど、若いころに望んでいたことを歳を取ってもちゃんとできているんだ」と。
そう思える瞬間が確かにあって、密やかに満足を得られた。
そんなハードながらも楽しいロードバイク生活に陰りが見え始めたのが、2021年から2023年まで猛威を振るった新型コロナのパンデミックだった。特に始まりのころは一度罹ると死を覚悟しなくてはいけないような流行であったので、社会全体がシュリンクし、特に日本では「自粛」「自粛警察」なる言葉が流行り、そんな時期に能天気にロードバイクで駆けるなんて遊びをしている場合ではなくなった。
また、何度かの流行期を経るにしたがって、仕事の場面においても厳しい局面を何度も味わうことになり、すっかりとバイクに乗る気持ちが覚めてしまった。
ロードバイクというのは体的にはかなり大変な遊びで、ロードバイクを楽しむためにはそれなりの準備・体力トレーニングが必要で、2〜3か月乗っていないと、脚力はてき面落ちてしまい、元の状態に戻すのにまた数か月かかってしまう。パンデミック時期にロードバイクから離れてしまうと、再開する気力が湧いてこず、この期間は完全にロードバイクから離れてしまった。脚力の衰え、そして年齢も50歳代終盤に差し掛かり加齢による気力体力の衰えも否めなかった。
2024年のある日、久しぶりにCINELLIに跨ることがあり、家の周辺を流してみたことがあった。相変わらずギアはスムーズであり、ペダルを踏みこめば踏み込むほどどんどん前に進んでくれる。だけれど、ペダルを踏みこめば踏み込むほど、ギアの性能に自分の脚が追い付いていけない感覚があった。
「あー、これ。中島悟の引退と同じじゃん。マシンはまだまだスピードを求めているのに、自分の体がそれを拒否している感じ。オレももう引退だわ〜」
そうなんだよね。60近いオッサンがロードバイクにしゃにむに乗って悦に入っているのって、本人は自己陶酔できるが、傍で見ている者からすると滑稽に映っているかもしれないなあ。オッサンがピチピチのジャージ着て自転車に乗っているのも無様なのかも……。
ただロードバイクの楽しみを知るとあの世界から離れるのはどこか寂しさを感じてもいた。
「あ、そうだ! ガンガンに走らなくても、ゆっくりと旅を楽しむグラベルロードバイクがあるじゃん。速く走るだけが能じゃないんだよ。もともとレースをしたいとのめりこんだわけではなかったのだもの。これからは流れる風景をより楽しみながら、ゆっくりとしたポタリングを楽しめば良いんだよ。」
2025年の春にCINELLIで世話になっているお店に出向き相談すると、BIANCHIのオールロードなるアルミフレームのバイクを勧めてくれた。型落ちの個体であったが、3割の値引きをしてくれるとのことで、私はその話に乗った。それから、冬場は休んでいるが、春から夏、秋の時期、月1回程度でこのバイクでヨタヨタと走らせている。そこには期待していた通りの緩やかな景色の流れがあって、ロードバイクでは得ることのなかった別の世界が見え始めているのであった。
4. オヤジの今日的クルマ選び
1. トヨタ販売店にて
このような経緯から、40代後半から60代にかけてのクルマ選びは生活上の必要性とチャリが積めることが条件となった。国産のミニバンを2台乗り継いで、子どもが進学や就職してからは国産のワゴン車に乗っている。そしてもう一台、普段は妻が乗っている小型のアウディが我が家にはある。それぞれに5年目の車検を乗り越えて6年目に突入している。
先日、夏休暇を利用して帰省してきた次男が、おずおずと「来年どうも他県に転勤になりそうで、どうも田舎なので日常的にクルマが必要になりそうなんだ。」「申し訳ないけれど、家のクルマ使わせてくれないかな…………?」と言った。
家のクルマと言われても、我が家には2台しかクルマは無いわけで、ボクは通勤上必要だし、妻だって日常生活の用事、それからそろそろ介護一歩手前の義父母の様子を見に帰るためにクルマは手放せない状態なのだよ。
と、いうことはもう一台新たに購入する必要となるわけだ。ボクが次男に「お前少しでも貯金できたか?」と尋ねると、「それが………、ない」という。
“なんたること!” “でも、社会人2年目だものな…..。確かに身に覚えがある。そんなものか…..”
しゃーないな。家のクルマをやつに渡して、新たに我が家分を購入するか、あるいは奴のために手頃な値段のクルマを購入するか、ということで話はまとまった。
ここで素直に告白しておくと、身に覚えがあるとはまさにこのことで、かつて僕自身も親からクルマを買ってもらったことがあるのだ。まったく「因果応報」である。たとえヤツにクルマを買い与えることになっても、「甘やかせている」と世間から非難を浴びようが、このオヤジだから仕方がないかと思えた。
その話の流れで、妻との間では買い換えを考慮しても良いであろう小型のアウディを次男に渡し、その代替えとなるクルマを探してみようということになった。
先日、休日を利用して妻と一緒にディーラー巡りをした。
最初に訪れたのは、トヨタ系列の販売店。ヤリスあるいはアクアの試乗を目的にした。小回りの利くクルマで、立体駐車場に駐車できることが妻の条件であった。
昼過ぎに店舗に訪れると、クルマを駐車するや否や、二人の男性がクルマの傍まで出迎えた。店内に案内されてテーブル席に通されると、私が店長の○○です。私は販売主任の○○です、と店舗トップの二人が挨拶に来たではないか……。あまりの威勢の良さにこちらとしては少々気圧される気分(いわゆるドン引きってやつw)だった。
来店の目的を先方に伝えると、販売主任がにこやかにも少々困った様子で試乗用のヤリスもアクアも現在店舗に置いていないのだという。
ああ、そうですか。そうですよね、前もって試乗は予約していないといけませんよねと、ボクも理解を示し、じゃあまたと言いかけた途端に、販売主任が「ち、ちょっと待ってくださいよ〜、他店に問い合わせてみますから」と慌てふためいて席を離れると、数分後に帰ってきて「30分くらいお待ちください。そうすれば当店に廻せますから」という。
妻と顔を見合わせて、どちらともなく「今日別にそれほど用事がないので、待ちますよ」と応じた。ありがとうございますと、主任さんはカウンターに戻り何らかの手配をしたのち、三度ボクたちのテーブルに戻ってきた。
そのあとはお定まりの、こちら側の購買意欲、購入の意図などを尋ねてきた。差し支えない範囲で経緯などを話していると、妻がふいに「こちらのお店の主力商品は何ですか?」と主任さんに尋ねた。
主任さん、「ええ、当店はクラウンでございます」とやや誇らしげに応じたところ、妻は「あら?」という感じで興味津々のような表情を浮かべながら質問を重ねていった。
主任さんは嬉しそうに「現在クラウンは4種類の車種をラインアップしておりまして、そうですね….、やはりセダンタイプが一番のグレードになりますでしょうか…..?」などと答えている。「来月○○日には、その4車種全部揃えましてね、乗り比べ試乗会をしますのでぜひお越しください。またご案内を出しますのでこちら用紙にご記入をおねがいします」とつづけた。妻は、まったくよせば良いのに「あら〜、私ぜひ来たいわ」などとこちらの顔を見ている。
“もう、馬鹿な奴だな…..。よせ。今回はクラウンの選択肢は端から無いのだ……。営業マンをその気にさせたら後が面倒くさいだろう…..”と心で唸るが、その営業マンを前にして口にも出せず、「クラウン今確かに人気ですよねえ。だけど、その日は私別の用事が入っていたような…」とお茶を濁した。
そんな表面的には能天気、しかし内心では三者三様の思惑が絡む会話をしているうちに、ヤリスの試乗車が廻ってきた。
ボクが運転することになり旧国道とバイパスを少し運転した。ボクの感想は、さすがトヨタのベーシックカー。小さいながらも良く出来ている。これだったら日常生活使いに十分だ。なー、と助手席に乗っている妻を横目で見ると彼女は小首を傾げている。
店に戻ると、彼女曰く「うーん、ちょっとロードノイズが気になったのと、ちょっと頼りないというか、道路の継ぎ目のところで跳ねるような感じがした…」と率直すぎる感想を述べるではないか!
ボクは思わず、それはねえ、日本の小型車はあんなもんよ。前後のタイヤ幅が短いのだから、道路の継ぎ目でバンピーになるのは仕方ないのよと語気を強めた。
主任さんも「流石にアウディと比べられると乗り心地は少々物足りないですねえ」とボクの発言に重ねる。
妻、「ああ月一回高速を使って実家に帰らないといけないのだけど、あのクルマじゃあ怖いわ〜」だと。「他に何かないですかねえ。立体駐車場にも入るようなクルマは?」
主任さん、「そうですねえ、あとはアクアくらいですかねえ…」と言い黙りこくってしまった。
アクアの試乗も考えられたが、ヤリスに対する妻の反応を見るにその結果は徒労に終わることは必至で、3人とも次の試乗の提案をする者はいなかった…。
なんとなく三者三様に気まずくなり、じゃあ都合が良ければクラウンの試乗会でお会いしましょうwということになり、その店舗を離れた。
再びクルマに乗り込み、次に予定していた店舗に向かったのだったが、行すがら「オレさ、クラウンは全然考えてないよ」と妻に向かってボソッと言った。それに対し妻は「だってさ、マサキだってそろそろクラウンに乗って良い年頃になったじゃない。乗れる時に乗っておかないとそのうち死んじゃうよ。後で後悔しても遅いよ」だと。
コヤツも昭和世代じゃのう…。
オッサンの年齢になったらみんなクラウンに乗りたがると思っていやがるw。
おぬしも幼少期に「いつかはクラウン」というトヨタのキャッチコピーに洗脳された昭和のおばちゃんになっちまいやがってるw。思わず苦笑してしまった。
結婚して家族が出来たら、カローラ、次にマークII、そしてあがりがクラウン…。それが昭和のオッサンの夢であり目標だったんだよね。で、それを見ながら育ったスーパーカーブーム世代のボク達は、バカにしたり反発を感じて大きくなった世代なんだよ。クラウンがボクのゴールじゃないんだよなぁ…w。
それ以上言い合ってもお互いに不快な気分になりそうになったので、「まだ、その「いつか」は来てないよ」とだけ返し、次の目的地であるレクサスの販売店に向かったのであった。候補となるLBXについての説明をしながら……。
2) レクサス販売店にて
「あのね、レクサスLBXって言うのを観に行ってみようや。今のアウディとサイズ感が近いんだよね。SUV風なのに車高は1.55mを切るんだよ。ただ幅が1.8mを超えちゃうんだよね……。あ!立体駐車場はちょっと厳しいかな。」「あ、でもさいつも使ってる立体駐車場は、最近SUV専用の駐車庫も限定50台で作ったってネットに出ていたから、そこに行く時は午前中から行って停めるとか工夫したら良いんじゃないかな…」
ボクは事前にネットで調べた内容を妻に説明しながら、何故か冷や汗をかいていた。
妻は窓外のクルマの流れを眺めながら、ボクの説明には然程興味がないような様子で、「どうして最近のクルマって、みんな目が吊り上がったようなデザインなのかな?みんなやけにイカつくて、ちっとも可愛くないよねえ。好きになれないわ〜」「私ねえ、丸っこいライトのクルマが良いなあ〜」
“ええっ? 今度はそっちかい!”
あのさ、デザインというのはトレンドがあるからねえ。どこかのメーカーがあるクルマに採用し手ごたえがあるとブランドの統一性を持たせるために全車種に採用するし、いつの間にか業界全体が影響受けてしまうんだよね…。
「でも、私嫌だな〜」
“知らんがな〜w”
その辺のおばちゃんの意見なんて、メーカーのデザイナーが聴いているわけないだろう。クルマのフロント部分だけでなく、全体的なフォルムやラインの流れを見て判断すれば良いんだよ。
この女子にそんなこと言って通じないんだろうな、と思い、妻の感想とも愚痴ともつかぬ物言いについては、聞き流すことにした。だって、久しぶりのディーラー廻り・クルマ選びなんだから楽しもうよ。
「私ねえ、(ライトが)丸めの可愛いクルマが良いなあ〜」
おいおい、この後に及んでもうひとつハードルを上げるなよ。昨今そんなデザインのクルマそんなにないだろ❗️
ボクは、2店目を目の前にして早くも疲労感を覚えるのだった。「まあ、取り敢えずLBXを見てみようや」と返すのが精一杯だ。
レクサス販売店の玄関にクルマを寄せると、光沢のあるグレーのスカートスーツに身を包んだ女性が出てきて、駐車スペースに誘導してくれた。
私が車のドアを開けるのをしばらく待ち、私が地面に足を降ろすと、「いらっしゃいませ。今日はご予約がございましたか?」「ご予約はないのですね、今日のご用件はどういったことでしょう?」
私が、来店の意図を伝えると、「さようでございますか。ありがとうございます。生憎営業のものは皆出払っておりまして、私がご案内いたしますので、どうぞ中でお待ちください…」と店内の一角のテーブル席に案内してくれた。
営業担当不在で十分w。先ほどの妻、営業マン、ボクの心理的な三つ巴戦を繰り返さずに済む。こっちは、妻に考える材料を提供すれば事足りるのだもの。さっさと実車を見させてもらって退散したい……。
レクサスにはこれまで用事がなく、10年以上ぶりに訪れたのであるが、店内は高級ホテルのロビーの様で豪華な仕立て。各テーブル席、ソファには来客で溢れており、レクサスブランドの相変わらずの人気の高さが窺えた。
先ほどの女性が再びやってきて「しばらくお待ちください。只今、クルマをご用意しています。今日は試乗は出来ませんが、実車を見ていただけるのは可能でございます。それまで、何かお飲み物をご用意いたします」と我々の注文に応じると再び受付に入っていった。
妻、「ねえねえ、レクサスに来るお客さんって、独特よねえ…….。だってさあ……」とひそひそ話を始める。彼女がにやにやしながら語る、レクサスブランドの顧客の在り様については、具体的に書くのは憚られるので割愛するが、まったくボクも同じような事を思っていたので、笑みを返した。
再び、先ほどの女性が我々の所にやってきて、先ほど注文した飲み物と茶菓子をテーブルに並べた。「もう少々お待ちください。只今玄関にクルマを準備いたしております」
妻、「流石レクサス…….。お茶菓子がゴディバのクッキーじゃん。さっきの店は、森永のエリーゼだったね。」と小声で笑っている。
“もう、良しなさいってば” ボクは半ば呆れて無視をした。
そのあと、先ほどの女性に案内されて、玄関横の駐車スペースに停められたLBXを見学した。革張りのシート、ドア周りの内装、インパネの下半分は革張りで装飾されており、豪華さを演出、シートの形状も体にフィットしなかなか収まりが良かった。コンパクトな割に、後部座席の足元も十分な空間を確保しており、我々の求めている一台にかなり近かった。
案内してくれた女性は、ドアの外側で「不勉強で申し訳ございません」と言いながらも事前勉強した様子の情報を一生懸命説明してくれた。
よく見ると、その女性は額から汗が滲み、一生懸命笑顔を保ちながらもとても暑そうな様子であった。炎天下の中で、しっかりとした化粧に夏ものとは言え上下のスーツをきっちりと着こなしている。
さぞ、つらいだろうな…..。のちに知ることになるが、その日は記録的な猛暑日で、時刻は午後2時を回り外に出ると陽射しが肌に突き刺さるようだった。
私からでもなく妻からでもなく、彼女に「どうぞ、あなたもクルマの中にお入りなさい。暑くて大変でしょう」と勧めるが、本人は丁寧に断り、頭髪から額に汗をひたらせながら一生懸命説明を続けている。
ああ、考えてみればこの子もうちの子どもと同じ年頃じゃないか。よく訓練されているのはわかるけど、きっとひたむきな子なんだろうな。悪いことしちゃったな。こういうお店はちゃんと予約してくるべきだった…..。
妻も、そのお店を出た後、「あの子なかなかいい子だったわ。あのくらいうちの子もちゃんと仕事してくれてたら良いんだけどね」とぽつりと言った。
続けて、「それにしても、レクサスに集まるあの客層。どうも馴染めないわ〜。どうも一緒にされたくないわ〜。レクサスはうちの選択肢にないわね」
“おいおいおい…..” 別にレクサスに集まる客たちとサークル作るわけではなかろう…。クルマの出来と客はまったく別!同列に語るなw。
そういえば、今日は昼ごはんを食べそびれた〜腹が減ったし疲れた……。
「腹が減ったから、何か食べに行かないか?」と隣の座席に座る妻に話しかけると、妻曰く「さっきのゴディバのクッキーでお腹が持ち直した。私は大丈夫よ。次行こう、次!」と何やら元気になっており、そのことが余計にボクをげんなりとさせるのであった。
この章はもうちょっと続く…..とほほ。
3) Mini店にて
その次に訪れたのは、Mini店だった。店の玄関に寄せると、白の綿シャツに紺色のパンツのスポーティーな格好をした女性が我々を出迎え、店内の一角のテーブル席に案内してくれた。少々お待ちください、担当者がじきに参りますと告げて去った。店内は、どこかスポーツカーのガレージをイメージさせる仕立てが施されており、レクサス店とはまったく違う雰囲気があった。客層は我々よりも一回り若そうな女性客が目立った。
「ちょっと、あれを見てよ」と妻がこちらに笑みを浮かべてある方向を目で示している。
「あれ、ひょっとしたら、Paul Smith versionじゃないかなw」
振り返ると、紺色のボディーに抹茶色のルーフカラーの一台が展示してあった。
「ポールスミスが監修したんだってね。やっぱり色遣いが綺麗だわ。好きだなあ」と妻が機嫌よさそうに笑っている。
“へえ〜、そんなものかい……”
やがて一人の男性が近づいてきて、名刺を渡しながら挨拶した。ウェーブの茶髪で二段カット、そしてやはり綿シャツにグレーのタイトなパンツを履いた今風の30代前半の男性だった。
妻が、来店目的を伝えて、実はポールスミスバージョンが見せてもらえればと思ってと重ねた。
その男性は、我々のテーブル席の向こう側に腰を落ち着かせると、硬いとも真剣なまなざしを崩さず、MINIを所有したことはあるか?買い替えか、買い増しかと問いながらこちらの購買意欲を確かめているようであった。
“むむっ、このオトコ、ディーラーの営業マンをするよりも、証券会社のディーリングルームに座ってモニターを睨んでいた方が似合っているのではないか?道間違ってないか?”と思ってしまった。
彼は、MINIのご経験がないのであれば、MINIの歴史からご説明しましょうと続け、MINIは以前はローバー社が生産していましたが…..と続けた。
よせよせw、ローバー社から始めやがったw。違うだろう?MINIの歴史を語るなら、BMCからだろうw? それでもって、1960年代のジョン・クーパー率いるMINIのスポーツバージョンがラリー大会で優勝する輝かしい歴史があることを言わないと。だめだよ、いきなりローバー社から始めたら、そのあとBMWが経営を引き取り、今の形になったっていう風に伝えなきゃ。このおっさん、スーパーカーブーム世代・カーグラフィック世代なんだよ。
まあ、あちらも説明のリズムがあるだろうから、そんな突っ込みは心にしまっておいた。
妻が、待ちきれずポール・スミス・エディションに興味があるんですと伝えると、彼は表情を変えず、「そうですか。実はローバー時代にもポールスミス監修のクルマがあったんですが…」と続ける。
もうよせよせ、それも知っているとボクの心が笑っている。
それでは、ということで、彼が4doorの試乗車を用意してくれて、案内してくれた。
妻が運転席に座り、彼が助手席、そしてボクが後部座席に乗り込んだ。まずは、彼が操作方法、スイッチの位置、そしてインパネの中央部に設置された独特の円形液晶画面の説明をした。「ええ、このインパネ部分はMINI特有のデザインをそのままに引き継いだものです…そこに英国の伝統を感じさせるでしょう?」
わかった、わかった。それも知っている。ローバーMINIを所有していた先輩がいて何度も乗させてもらっているから覚えている。あのね、MINI、MINIというけれど、BMWが引き継いでから、中身はドイツ車だし、ボディーサイズも肥大化してしまって、ボクら世代のおっさんは、「もうここは別物。ミニじゃなくて、デカ」って揶揄されているのよ。良いから早く路上に出てみよ。
もちろんそんなことは言えず、ボクも熱心さを装って、そのアニキの説明を聴いた。アニキのナビゲートで妻が運転しながら、乗り心地を確かめた。
“確かに、良いよ。乗り心地は硬めで安定しているし、おそらく運転席からの視界の確保も良好の様子だった。また、ドライバーにとってクルマのサイズ感が把握しやすく、小道での離合や駐車も容易そうだった。”
運転する妻も、「スイッチ類に慣れる必要はあるけれど、運転しやすい」とそこそこの満足感を吐露していた。
店に戻ると、そのアニキが運転を代わり、安全装備やバック駐車時のアシスト機能などを説明・実演してくれて、ボクも妻も「おお〜!」と感嘆の声を上げて、試乗はおしまい。
おっさん・おばちゃんの無知そうな驚きに、そのアニキはずいぶん気を良くした様子で、今のMINIは2年前に安全装備が一新され、初代モデルと似て非なるものに仕上がっていること。そして止せばいいのに「ドアの開閉時に気が付いたか?ドアの装甲が分厚くなっているだろう?横からの衝突にも人間を守ってくれるように分厚くしているぞ。国産車だとこうはいかないだろう?」などと表情は変えないが誇らしげに説明を加えた。
先ほどのテーブル席に戻り、さらに話が続く。妻が随分気に入った、でもポールスミスエディションに興味が湧いているなどというものだから、そのアニキはさらに気を良くしたようで、ちょっと見積もりを出してくると席を離れ、その金額の提示に我々が多少引き気味であると察すると、「上席と値段について相談してくる」と再び席を離れて、切りの良い金額を提示した。そして、表情を変えず「先からお話を伺っていると、随分MINIを気に入ってくださっているようで、かなりの確率で欲しくなっていらっしゃるでしょう」と次第におっさん・おばちゃんを洗脳しかけてきた。
よせ、よせw。いたいけな初老の夫婦を洗脳してどうするw?
ボクも妻もどちらともなく目配せをして、そのアニキに「ちょっと検討します」と伝えてその店を去った。
店を出たころには午後5時をまわり、強い陽光にも陰りが見え始めていた。ボクはすっかり疲れ果ててしまい、「もうママ、家に帰らない?早めの晩飯でも食べながら相談しようや」と伝え、帰路についた。
帰宅後、夕食を食べながら、その日にもらったパンフレット類を見比べながらお互いの感想を語り合った。
妻は、「今日の中ではやっぱりMINIが良かったわ」「ポールスミスエディション良かったね。さっき長男にLINEしたら、おれもそれに乗りたいだって」
じゃあ、良かったじゃん。もうMINIのPaul Smith Editionで良いんじゃない?別に普段僕が乗るわけではないし、妻や子どもが乗って満足するなら、それが家族の安寧に繋がる。親父にとってそれが一番何よりのこと…。じゃあ、あのアニキに連絡入れるか…..、どこかあのアニキとは馬が合わないけれど…..、家族の平和が一番優先事項だものなあ。
と、ひとりうんうんと頷いていると、次の妻の言葉に愕然とした。
「だけどね、よく考えると、やっぱり私の年にminiは派手すぎるわ〜。あのスイッチ類も慣れそうにない…。もうちょっと若かったら考えられるんだけどねえ〜」
ええっ? もうminiで良いんじゃないの。スイッチ類なんてすぐ慣れるさ。立体駐車場にも収まるし、高速道路も快適に走れるだろう?第一丸目のライトじゃないか…..? なんなのよ….。
と返すも、本人はその意思を曲げそうもなかった。
「だから、次男に何か新しいクルマを買ってあげてちょうだい。私はいまのアウディをもうしばらく乗ることにするわ」
もう……。じゃあ次男にその旨LINEを入れてみよう……。
しかし、次男からは既読はつくものの、いつものごとく返信はなかった。
一体今日の行程はなんだったのよ? 我が家のクルマ購入問題は宙に浮いたまま、なんの方向性も結論も出ぬままにあたりを漂っていたのだった。
ってな具合でしてね、昭和の気分を十分に残した令和のお父さんは、ああでもないこうでもないと報われぬ苦労を重ねていらっしゃるのでございますよ。これが昭和のオヤジであれば、このうっぷんをですな、週末のゴルフや釣りで発散させるとか、妻に黙って通う場末のスナックなんかで厚化粧のママさんに「たあさん、しっかりしなよ」とたしなめ慰められながら、角瓶もしくはオールドの水割りをちびちびやりながら溜飲をさげることも出来たでしょうな。
しかし、この令和のオヤジ、ゴルフもできなきゃ、釣りに行く暇もない。ましてや、ママさんが常連を慰めてくれる店なんざ、どこを見回してもないご時世となりましたな。哀れ令和のオヤジの安寧はいつ訪れるのか、どこにあるのか、正しく五里霧中、暗中模索の状況が続いているのであります。さて佳境を迎えた令和の還暦オヤジ物語はどこに向かうのでありましょうか?令和のオヤジの成り行きは明日の心だ〜
(と小沢昭一の「小沢昭一的こころ」風に結んで、この章はめでたくおしまい)
5. そして令和のオヤジは、Bianchiのオールロードで駆ける
914に憧れていたオトコは、その夢を果たせぬまま、気がついてみれば家庭や生活状況に
翻弄されながら、その都度なんとか折り合いをつけてクルマを選び乗り継いで来たことにな
る。ひたすらに家庭の安寧を図るために。
それって考えてみると昭和の小市民的なオヤジ像と重なるところがあり、スーパーカーブーム世代が反発を感じていた「いつかはクラウン」と懸命に生きていた昭和オヤジ達と選ぶクルマこそ違えど、その心の有り様は大して変わりはないのではないかと思えるようになった。
ただし、今のところボクはクラウンを選ぶ気持ちにはなっていないけれどねw
そして、ボクがクルマに求めるものは若い頃も還暦のオッサンになった今も変わりはしないのだ。
移動する空間の中で、流れる景色を眺めて季節の移り変わりを楽しんだり、好きな音楽に浸ったり。同伴者がいれば同じ景色を眺め語りあったり。そして何よりも大切であったのは、生活上の忙しさからしばし離れてひとりきりになれること。1人きりになって、謂わば日常の中の「非日常性」を得ていたことがボクにとっては大切だったのだろう。若い頃は友人や女の子とドライブするのが好きだったけれど、歳を取るにつれて、ひとりでのドライブがより一層好きになっている。仕事や家庭生活に翻弄されているオヤジにとって、ひとりきりになれる時間は大変貴重なのだ。
そんなオヤジにとって、ロードバイクはうってつけだった。チャリは、全く持ってひとりきりで孤独な遊びでたとえ誰かとつるんで走っていても、連れと会話している訳ではなく、黙々と自分の身体と対話している感覚なのだ。
ボクは、ロードバイクで山坂道を走るのが実は好きである。長い坂道をぜいぜい荒い呼吸をし
ながらペダルを漕いでいると、次第に両耳にギュッギュッと頚動脈の拍動が聞こえてくる。あ
ゝ、自分の心肺機能が限界に近づきつつあるのが分かる。究極の身体との対話が始まっている。
あともう少し頑張ろうか?それとも足を着いて止まろうか…。そんなもうひとりの自分との会
話もずっと続いている。やがて坂道のピークに達すると達成感とともに安堵感が訪れる。
そしてあとは重力に従って「自由落下」、その時におそらく脳内はドパミンとアドレナリンが大量表出されているようで五感が研ぎ澄まされているのが分かる。陽射しを浴びた周囲の木々の緑がより鮮明に映るし、辺りの野鳥の囀りや木々のざわつきの音がいつにも増してクリアに聴こえてくる。そして下り坂で加速しスピードが増してくると、次第に空気の塊に自分が包まれているような感覚を覚える。
それは正しく「生」を感じる体験なのである。
今はもう体力的な衰えは否めずBianchi のオールロードで、ヨタヨタと走っているのが精一杯となった。ゆっくりと走っているとこれまでとは違う景色が見えるものだ。
まず、ロードバイクに乗ったひと周りりふた周り下の人たちに抜き去られても全く気にならなくなった。これは自分にとっては全く不思議な感覚で、抜き去られた後のあの妙な不快感・敗北感がないのだ。もう「外部」の人間という感じ、「引退」するってこういうことなんだろうなと思う。
それから良い景色に出会うと立ち止まってしっかりとその景色を楽しむようになった。先を急がなくなった。
ああこんなことを書いていると本当にジジイになっちまったようだw
でもずっと若い頃から本質的なところは変わらず、余計なところが削ぎ落とされた感覚なのだ。
子どもの頃からひとりで遊んだり空想したりすることが多かったし、歳を経ると、ドライブや
出張や旅行で移動している時にもひとりでぼんやり景色を眺めたり、物思いに浸っていたりす
ることが多い。そんな時間がずっと好きだった、てことになる。
今では、オールロードバイクに乗って走りながら五感を使って感じたり考えている時間が何よりも貴重で愛おしくなっている。
ああ、ボクは本質的に引きこもりが好きなのだ。
このように書いてしまうと気恥ずかしいので、ちょっと別のことも書き記して終わりにしたい。先にボクが山坂道で体験していることを書いたけど、一連の走行を終えて山から降りて来るシーンでとても好きな光景がある。山から降りて来る道は川沿いの左右が山の稜線が走る谷沿いを降りて来ることが多い。
そうするとその山を下るに連れてボクの視界には平野部が広がり、遠くには見慣れた海、そして手前には市街地が見えて来る。更に下ると交通音や街の雑音が次第に大きくなって、だんだんとボクは人の営みの光景や雑音に溢れた世界に戻ることになる。その世界に戻る時、ボクはなんとも言えぬ幸福感に満たされた気分に浸っているのだ。
青年は荒野を目指す。
果たして、オヤジは何処を目指すのだろう?
上手くまだ言葉に出来ないけれど、今は仮に「この愛おしい世界」としておこうかw?
(おしまい)
0 件のコメント:
コメントを投稿