2026年8月22日土曜日

題:「心晴れやかお守り」・還暦オヤジの夏 3.

3.夜更けになっても解決の糸口は見いだせない



オレは気持ちの整理もつかないまま、冷めきった夕食を口に運んでいた。今日一日の怒涛の疲れが押し寄せ、思考がどんどん鈍っていくのがわかる。目の前で楽しげに会話を交わす長男と妻の声も、全く頭に入ってこなかった。

タイヤのパンクはどうしたものか……。もう今夜はこのくらいにしておいて、明日、いや連休明けまで棚上げにしてしまおうか。一度頭を空っぽにすれば、フレッシュな思考で良い解決策が思い浮かぶかもしれない。

よし、もう風呂に入って寝てしまおう。そう思い始めた頃、ポケットの携帯電話が鳴った。画面を見ると、保険代理店のおっさんからの着信だ。

「もしもし? あ、先生? どうされました? すみませんねえ、ちょっと町内会の寄り合いに出てまして電話に出られませんでした……」

どうにも声色が妙に明るい。こりゃあ一杯入っているな。おっさんは続けて楽しげに言った。

「あ、そうでしたの。大変でしたねえ。それね、今加入している保険会社のロードサービスセンターの電話番号をお伝えしますので、そこに連絡を入れてみてください。ね、大変でしたね。じゃあよろしくお願いします……」

こやつ……完全に他人事だな。まあ、実際他人事なのだろうが。以前からこのおっさんの対応にはどこか物足りなさや苛立ちを感じることがあったが、いまは夜遅い上に明日からお盆休みだ。誰だって面倒なことに巻き込まれたくはないのだろう。

オレはむっとする気持ちを押し殺し、「夜分にどうもすみませんでした」と静かに電話を切った。苛立ちの反動か、いつになく慇懃な言い方になってしまった。

教えてもらった番号へすぐに電話をかける。最近はどこもそうだが、電話が繋がるとまずは機械の音声ガイドだ。オペレーターに繋がるまでの手順がなんともまどろっこしい。カード会社でも保険会社でも、何か頼もうと電話をかけると「〇〇の方は1を〜」と指示してくる。その通りにボタンを押して進んでも、「ただいま回線が混み合っております」と切られることも日常茶飯事だ。

こちらは困り果てて電話しているというのに、この機械的な対応にはいつも以上に苛立ちが募る。だが、今回はこのチャンスを逃すわけにはいかない。はやる気持ちを懸命に抑えながらガイダンスを突破し、ついにオペレーターへと繋がった。

「もしもし、〇〇が承ります」 「まずご契約者の確認をさせていただきます」 「はい、お車ナンバーは確かに登録されていますね。では、どうされましたか?」

ここまでは極めて事務的だった。オレが状況を説明し終えると、オペレーターの女性は急に感情豊かに、しかし手慣れた様子でテキパキと答えてくれた。

「お客様のおられる地点でしたら、60分以内にレッカー車を向かわせることができます。ご指定の修理工場まで無料で搬送いたしますよ。どこへ運べばよろしいでしょうか?」

……え? 修理工場はこっちで探して指定しなきゃいけないの……? 今はもう深夜で、明日から全国的にお盆休みだぞ。今から修理工場なんて決められるわけがないじゃないか!

何も決められないまま、何の解決策も出ないまま、時間だけが虚しく過ぎていく。そうしている間にも、車庫のタイヤからは「シュー」と空気が抜け続けている。

オペレーターのおばちゃんの力強い言葉に丁寧にお礼を述べ、途方に暮れながら電話を切った。

どうしよう、オレ……。

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