2026年8月22日土曜日

題:「心晴れやかお守り」・還暦オヤジの夏 6.

6.Iの提案





オレはIの勧めに従い、バスで出勤することにした。普段なら満員の路線バスも、今日は乗客が少なく無事に座席を確保できた。交通量が少ないためスムーズに進むものの、バスは安全速度を守りながらゆっくりと目的地へ向かう。

車窓からの景色は一見いつも通りだったが、歩く人も走る自転車も普段より圧倒的に少ない。

(世間は盆休みなんだよな。何やってんだろ、オレ……)

ぼんやりと外を眺めているうちに、街の微妙な変化に気づいた。 「あれ? あのレストランがなくなって更地になってる」「ここにあったガソリンスタンドも消えた?」「いつの間にこんな店が?」

20数年間、ほとんど同じルートを行き来してきたのに全く気づいていなかった。毎日決まった時刻に出勤し、職場と家を往復するだけの日常。その裏で、街の景色は時間とともに静かに移り変わっていたのだ。

(ふーむ、そうなんだよな……)

普段の倍の時間をかけて揺られながら、少しずつ思考を仕事モードへ切り替えていく。

病院の受付を通ると、職員から「I先生がお待ちです。何か相談があるとのことですよ」と声をかけられた。 むむ、患者さんに何かあったか?

嫌な予感を打ち消しながら医局に入ると、Iはのんびりとした様子で椅子に腰掛けていた。 「よう、おはよう。大変だったな」と笑いながら迎えてくれる。 「心配かけてすまん」と応じ、昨夜からのアクシデントを手短に話すと、Iはニッコリと頷いた。

「オレ、さっきから作戦を考えてたんだよ。今日は病院の軽自動車を借りて帰れ。その車に冬用タイヤとジャッキ、十字スパナを積んでおく。連休明けの朝5時30分にお前の家に行ってタイヤ交換をしてやれば、あとは自分の都合で修理工場へ持ち込めるだろ?」

いつものように論理的で完璧な解決策だった。

(むむ……その手があったか!)

昔から彼は論理的に解を導き出すのが得意だ。一方の私は知よりも情が勝り、目の前の感情や状況に囚われがちになる。自分のトラブルを頼るのは申し訳なかったが、今の状況でこれ以上の名案はなく、提案をありがたく受け入れることにした。

その後、病棟で心配だった2人の患者さんの容態を確認した。幸い小康状態を保っており、追加指示を出してご家族へ説明を行った。

医局に戻ってIへ申し送りを終えると、ようやく胸のつかえが下り、安堵感が広がっていった。

Iは穏やかな笑みを浮かべ、 「あとはオレに任せときゃええから、しっかり休んできんさい。しかし最近のお前、いろいろ重なるなぁ(笑)。ちょっとお祓いでもしてきたら? 困った時の神頼みだな」 と、普段の彼らしからぬ口調でからかってきた。

冗談と分かってはいるものの……岡山にあるあの神社へお参りするのは良いかもしれない。神頼みではなく、神の前で自分自身に誓うのだ。「何があってもこの還暦イヤーを乗り越えてみせる」と。

そうだ、人生の節目節目でお参りしてきた吉備津神社に行こう。

どうする、オレ。行くでしょ、オレ!



0 件のコメント:

コメントを投稿