2026年8月22日土曜日

題:「心晴れやかお守り」・還暦オヤジの夏 2.

 2.夏の夜に七転八倒



オレはしばし「シュー」と空気が漏れ続けるタイヤを眺めていたが、解決の妙案など浮かぶはずもない。モヤモヤとした気分のまま自宅に入り、ダイニングのドアを開けた。

テーブル席でテレビを見ていた帰省中の長男が、間延びした笑みを浮かべて振り返る。 「よっ、お帰り。お疲れさん」 挨拶を交わす元気もなく、「やあ」と気のない返事をするのが精一杯だった。

おおむね夕食の準備を終えつつあった妻が、顔を上げてこちらを見つめる。 「患者さんのことで遅くなるとは聞いてたけど、それにしても遅かったねえ。どうしたの?」

不審そうな表情のふたりに、帰宅途中のトラブルをかくかくしかじかと話した。するとふたりは異口同音に吐き捨てる。 「次男なんて、こっちからLINEしても既読無視ばかりのくせに、都合が悪くなるとすぐオヤジに連絡してくるんだから。もう社会人なんだし、自分で解決させればいいのよ。放っておきなよ」

“しかしなあ……苦境に陥って途方に暮れているヤツを、親として放っておけるわけないだろう” 心の中でそう思いつつも言葉にできずにいると、妻が追撃をかけてきた。 「それより、自分のクルマのパンクはどうするのよ? そっちが先でしょ。JAFに来てもらう?」

その言葉に、オレは思わず苛立ってしまう。 「あのさ……以前JAFに入ろうとした時、年会費がかかるからやめとけって言ったのママじゃん。だから入ってないよ!」 語気を強めてから、ハッと反省した。いかんいかん、ここで余計な争いを作って状況を悪化させてどうする。即座に思い直して言い直した。 「……ごめん。法人で入っている保険屋に相談してみるよ」

ふたりに先に食事を始めるよう告げ、隣のリビングから保険代理店に電話をかけた。しかし、2度鳴らしても繋がらない。 “そうだよな、もう夜だし明日からお盆休みだ。出るわけないか……” 諦めてダイニングに戻り、「保険代理店のおっさん、出ないわ」と状況を説明して夕食につき始めた。

だが、食事をしながら思い出した。そういえば次男に「後で電話する」と言って切ったきりだった。「放っておけ」と言うふたりを制し、スピーカーホンにして再度電話を入れる。

次男はすぐに電話に出た。事情を聞くと、その件は1ヶ月前に起こったことらしい。 朝のカンファレンスに出るため普段より早く自転車で出勤した際、アパートの駐車場に停めてあった黒のクラウンの脇を通ったときに接触したようだ。本人は全く覚えていなかったが、持ち主が警察に相談し、アパートの防犯カメラ映像から次男が特定されたらしい。

街の中心部にあるアパートの駐車場に停められた、黒塗りのクラウン……。時代が時代なら、少々柄のよろしくない方が乗っていてもおかしくない。かなり厄介な案件だ。ましてや、本当に警察からの電話なのか? 特殊詐欺の可能性はないか? ふたりの前で不安を煽りたくはなかったため、胸の中に渦巻く疑念は伏せておいた。

家族4人で話し合った結果、方針を決めた。 職場に事情を話して半休を取り、昼間に警察の求めに応じて現場検証に臨むこと。変に争う姿勢は見せず、穏便に示談をお願いすること。弁償はきちんとするが、修理は正規ディーラーで行ってもらい請求書を確認させてもらうこと。

次男は珍しくしおらしくなり、「ありがとう。そうするわ。また報告する」と言って電話を切った。 次男の件はひとまず方向性が見えたが、相手のあることだけにまだ予断は許さない。

……あ、そうだ。 オレ自身のパンクの件、1ミリも前に進んでないぞ。 

どうなるの、オレ……?



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