2024年12月11日水曜日

バカ親父の武蔵国物語~大いにシュリンクするの事~

業務上の急用が生じ、上京したのは12月7日土曜日の夜のことだった。東京オリンピックとその後のインバウンド需要により、都内のホテルの宿泊代は軒並み高騰しており、都内に宿泊する際には、都内在住の長男のアパートに泊まらせてもらうことになっていた。長男は、大学卒業後に都内に本社のある企業に就職し、5年目となっていた。知り合いの親御さんの話では、その子どもたちは親を自分のアパートに泊めることを嫌がる者も多い様子であるが、うちの長男の場合は不思議と親が彼の部屋に泊まることを嫌がる風でもなかった。事前に連絡すると、長男は「どこか旨いものを食べさせる店を予約しておくよ」と快諾。当日の午後7時に最寄りの駅前で待ち合わせることになった。

待ち合わせの時刻にその駅の正面口に出ると、長男が右手を上げて「やあ、お疲れ」と合図を寄越した。私も「済まんな、せっかくの休みの日にお邪魔して」と応じると、「いやあ、全然大丈夫」と答えた。予約した店に向かうべく、雑踏の中を向かってくる人を避けながら彼の向かう方向について行く。

「今から行くところは、フレンチレストランでね、前に○○さん(彼の伯父、即ち私の長兄)に連れて行ってもらってね。結構うまかったから、親父も連れて行こうかと思ってね」と問わず語りで喋っていた。私の長男と長兄は、同じ駅周辺に住んでおり、1年程度前から主に長兄から連絡を入れて、時折食事を共にするようになっていた。私が長男であれば、伯父と食事など疎ましく思えるはずだが、彼はそれを面倒に感じている風でもなかった。長男曰く「だって、旨いものご馳走してもらえるし、〇〇さん切り上げるのも早いし、助かるわ~」とのことだった。そんな駄弁りをしながら駅周辺の盛り場を抜けてある雑居ビルにある目的のレストランに到着。先に長男が入り、店の者に来店の旨を伝え、用意された二人掛けのテーブルに着席。全部で10数席分のテーブルが置かれ、シェフひとり、フロア係一人で店を回しているこじんまりとしたお店であった。


長男が私に「どうする」と言いながら、ワインリストを寄越したので、迷わずグラスでサーブされるシャンパンを注文。その後、早速長男の近況について話を促した。長男曰く、仕事のペースはまずまず、今年度の業務上のノルマは達成の見込みが立ったとのこと、ほんの少しだけ給料が上がったことだった。


  そんな話をし始めていると、その日のコースメニューが運ばれ始めた。コース料理が運ばれる度に私たちの会話は中断を挟みながら、やがて彼の大学時代の同級生の結婚が相次いでいたことに繋がりその一つ一つがその同級生の個性が反映されていて大変興味深かったことなどが語られた。私が、つい(というか、自然な流れで)長男は今交際している彼女とはどうなっているんだ?いつ結婚するんだ?などと話を向けると、彼曰く「月一程度で会っている。先方が資格試験の準備と普段の仕事で忙しい。来年結婚するから」とさらりと言ってのけた。私もさらりと「そっか。ふーん。」と応じると、すかさず長男が「最大の関門は、おふくろさんなんだよな」と笑っている。
父親にとって全くもって不思議なのであるが、この長男にせよ、次男にせよ、それぞれに現在交際している女性の噂話を母親にしている様子なのである。長男の場合、彼がもたらした情報の結果、母親(妻)が彼らの結婚について多少の不安を抱いており、それを長男本人に伝えていた。それ故の、先の長男の発言なのであるが、私なぞは最終的に本人の決めることなのであり、本人の性分からして二親に何を言われようが自分の決めたことは曲げないことは明らかだった。だからこそ、私は賛成も反対もしない、決めたらちゃんと挨拶に来いよの姿勢を取っている。無論、家内もそのことはよく承知しており、長男に熟考を促しているだけであり、本人が決めるのであればそれ以上いうことはないと私には語っていた。

その後、長男は結婚式どうしたらいいだろうね?などと世間話風に聴いてきたが、形式ばったものが嫌なのであれば、ここのようなレストランを貸し切って、親しい人だけを招待したパーティ形式も良いのではないの?とこれまた世間話風に返したのであった。彼の結婚話は、そんな風に世間話風にさらりと流れていったのだった。


その後は、彼が同僚と来年ヨーロッパに旅行に行く計画を立てているという話題になった。イギリスにプレミア・リーグを観に行くとのこと。今のうちに独身時代を楽しんでおけと伝えておいた。

用意された料理は、シーフード料理が多くどのお皿の具材も新鮮であり大変美味しく、グラスで頼んだワインが進んだ。適度な酔いと美味しい料理で腹が満たされ穏やかな気分となった。正面に向かい合わせた長男の様子を見ていると、すっかり社会人となり、仕事もそこそここなしているようであり、また余暇もあちこち出かけるなどしているようで、自律的に青年時代を楽しんでいる様子だった。そこには父親が口を出す余地など全くなかった。


コース料理は、デザートが運ばれて終了。長男に「良いレストランを予約してくれてありがとな。オヤジ大満足だ。また、おふくろさんや弟を連れて来てやってくれ」と伝え、シェフとフロア係にもお礼を述べて、その店を後にした。店を離れ、長男と並んでアパートに向かったが、長男が道すがら「あのレストラン旨かったけれど、ちょっと物足りなかったな。まだもうちょっと食べたかったんだよな」と話した時には、多少驚いたが、若い野郎の独り暮らしでは碌なものを食べていないことは想像でき、付き合ってやろうと思った。「オヤジは、もう食べられないけれど呑むことは出来る。付き合うぞw」

アパートまでの途中に私が彼のところに泊めてもらう折にはしばしば利用する居酒屋があり、そこに寄ることにした。その店でも長男が先に入り店の者と掛け合い、席を確保した。彼は、湯葉と、刺身の盛り合わせと下仁田ネギの炉端焼き、そしてビールを注文。私はそれらを少しツマミにさせてもらって、2合ほどの熱燗を注文した。


私はそこそこに酔いが回り始め何を話したのかあまり記憶に残っていないのであったが、次第に当夜の彼の店での振る舞い、そして言葉や態度に滲む私への気遣いにある種の戸惑い、気遣う者と気遣われる者の立場の逆転をしみじみと感じざるを得なかったのである。それは己の老いへの自覚とその気後れともいうべきものだったかもしれない。

つづく

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