2016年7月19日火曜日

Rたちの夏(1)


私は、Rが中学・高校で吹奏楽部に所属するまで、日本全国でこれほどまでに吹奏楽が部活動として或は音楽活動として盛んであることを知らなかった。毎年この時期になると、各中学・高校の吹奏楽部員は、全国吹奏楽コンクールの出場を目指して各地方大会に臨む。夏休み期間に入ると、彼らは朝早くから夜遅くまで練習漬けの毎日を送ることになるのだろう。



Rは幼稚園時代からピアノを習い、クラシック音楽が好きな少年であった。彼が小学校高学年時にある音楽イベントで、彼が後に進学することになる男子校で中学高等学校の吹奏楽部の演奏を聴いて以来、そのクラブに所属することを夢見るようになった。しばらくしてその学校に進学することになり、迷わずそのクラブに所属するようになった。担当楽器はクラリネットで、その理由として、ひとつは本人の口がこの楽器に適していると顧問の先生に判断されたこと、そしてもう一つは、本人の密やかな野望として、そのブラスバンドのコンサートマスターになりたいという願望があったからである。吹奏楽においては、クラリネットがオーケストラにおけるバイオリンパートに似た役割を担い、ステージに向かって指揮者の左側に座ることが多い。自然とクラリネットのトップが指揮者の直ぐ左に位置することになり演奏中には他の奏者への合図出し、普段の練習においては、基礎合奏中の監督を行うが大きな仕事のようだった。

 彼が所属する吹奏楽部の大きな活動としては、夏期に行われる定期演奏会、夏の吹奏楽コンクール地方大会、冬の小楽器編成によるアンサンブルコンテスト、その他23のイベント演奏、冬場の短期合宿などがあった。

 その後月日が流れ、Rは途中で挫折することなくむしろ益々音楽にのめり込み、クラシックのみならず、吹奏楽からジャズ・ポップスまであらゆるジャンルの音楽が好きになった。途中で、他の部員間で起こるこの年代特有の様々な葛藤(顧問の先生への反抗心、部員間の争い)を経験しつつも、やがてその葛藤は嵐が自然に去っていくように、部の先生への反抗心は尊敬と信頼へ、部員同士の反目は、友情と集団内の凝集性に変わっていたようである。

 昨夏、Rたちの学年は高校2年生になり、定期演奏会の実行委員として演奏会準備と運営に協同し、昨秋3年生の引退と共にクラブ中心となった。彼らは益々同輩との絆を深めつつ、Rは無事に、その吹奏楽部のコンサートマスターのポジションを射止めた。

 その頃になると、Rはあの年代特有の自我肥大もあり、親子のバカ話の中では、「実技はともかくも1、楽理については音大受験レベルにまでにはなっているよ」などと大きなことを言っていた。

ある時、クラブの先生が雑談の折に、彼の高校卒業後の進路希望について何気なく尋ねたところ、彼は一般学部への進学を考えていると躊躇いながらも答え、普段から彼の音楽好きを理解してくださっている先生に少し意外に思われたようだった。


実は二親とも、本人のここまでの音楽への傾倒と日頃勉強を疎かにしている様子から、何時本人が音大進学の希望を言い出すか覚悟していたのであるが、その話を本人から聴いた時には拍子抜けするほどの驚きがあった。何度も本人に確認したのであったが、本人は「音楽で喰っていくなんて、プロはそんなに甘い世界じゃないんだよ」「俺は一生音楽好きでいたいだけなんだ。プロレベルのアマチュアを目指す」と返事した。


“なんだかな。”である。彼の考え方は現実的ではあるけれど、夢がないと言おうか。だからと言って、本人がその気になっていないのに、厳しいプロの世界を目指せなどとけしかける訳にも親としては出来ず……

高校3年になり、進学を意識した同学年の数名は早期引退として部活を止めて、それを横目に見ながら、本人は「コンマスとして俺が途中で辞めるわけに行かないだろう」と最後まで部活を続けることを宣言。同様に“残留を決めた”十数名の仲間と最後(夏の定期演奏会と吹奏楽コンクール)まで部活動を続けることになったのであった。

二親としては、一般大学を受験することに本人が決めたのだから、“良い処で部活の見切りをつけてくれれば良いものを”と陰でぼやくのであったが、本人の気持ちが変わらないものを強引に辞めさせる訳にも行かず、結局のところ本人の納得するところまでさせざるを得ないと思い定めることになった。恐らくは、最後まで部活を続けることを決めた他の生徒の親御さんも同様の想いを抱かれたことだろうと思う。




そんな風に時間はまたしばらく流れて、次男たちの最後の定期演奏会が開催される時期がやって来た。彼らの定期演奏会は、市内のホールを借りて2日に渡る2回公演で、1公演は、2部構成で1部が毎年のコンクール課題曲と自由曲、男子四部合唱、その他吹奏楽曲やクラシック曲を演奏、2部はジャズやポップス曲、そしてテーマを決めたポップスメドレーに被り物やダンスありのパフォーマンスを絡ませた出し物など硬軟織り交ぜて観客を楽しませてくれる。最近は、結構な人気を博しているようであり、同じ学校の生徒や部員の家族以外にも市内外の中高生の吹奏楽部員たちや一般の愛好者のヒト達も観に来るイベントになっていて、2回公演とも2000人収容のホールがほぼ満杯状態となっている。これは生徒たちの努力だけではなく、彼らの先輩たちが築き上げた伝統と云って良いであろう。

家族にとっても、この定期演奏会を観に行くというのは、ここ数年の大きな楽しみになっていたのであったが、次男は毎年、演奏会前にどんな曲目やパフォーマンスをするのか一切事前に知らせず、演奏会に行ってみて始めてその内容を知ることになった。そこには10代男子特有のエネルギーとユーモアが感じられて毎年私の中の忘れかけた何かを思い出させてくれて大変感動を覚えたものだ。

例えば、今では合唱曲として人気がある「翼をください」を聴いて何の感動も覚えなかったが、10代のオトコどもが四部合唱で真剣に歌っているのを聴くと、毎度不覚にも目頭が熱くなってしまう。

また、何よりも管楽器特有の美しさや、それまでに馴染みのなかった吹奏楽曲の良さにも気づかせて貰った。管楽器は、弦楽器や鍵盤楽器と違い、楽器から単音しか出ないものの、ヒトの吐く息によって音が生まれて消えていく性質の中に美しさや魅力があるのだということを知った。そのような特徴を持った管楽器たちがハーモニーを作る時に管弦楽とはまたすこし異なる魅力を発することも理解出来た。

Rは今年の定期演奏会についても、事前にほとんど何も教えてはくれなかった。6月の或る日、夕食後何時ものように次男がi-phoneをヘッドホンで何かの曲を聴きながらくつろいでいた時に、「パフォーマンスには出ない。最後だから演奏に専念する」「後輩の実行委員がシング・シング・シングをすると言ってくれて、クラ・ソロを貰う事になったから」とだけボソッと何時もの調子で不愛想に短くいうのみであった。



(つづく)

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