2015年2月18日水曜日

この季節にドイツ・リートを聴くのも宜しいかと・・・・


私が住んでいる地域では、先週末よりやや空気が温み、昼間などは野鳥の鳴声がやや賑やかになったような印象がある。これから先幾度か寒の戻りはあるであろうが、春の訪れが間近となった気配である。

 
この毎年この季節晩冬になると春への憧憬が心の中で高まっているのを自覚するのであるが、そんな気分に寄り添ってくれる音楽は、個人的にはドイツ・歌曲リートである。このジャンルの音楽を好んで聴いている素人のヒトはかなり少数なのではないかと勝手に推測しているのであるが、昨年シューベルトに嵌ったのをきっかけに時々このリートを聴くようになった。

 
Wikipediaなどを斜め読みしてみると、ドイツ歌曲はシューベルトが生涯に600曲近く作曲し、この時代(ロマン主義時代)に一気に確立されたものらしい。ドイツ語がさっぱりと分からない私には何を歌手が歌っているのかさっぱり分からないのであるが、それぞれの曲の持つ美しさや瑞々しさ・そして何よりも若々しさに魅了されてしまった。晩冬・早春の夜長に、すこし小さめの音量で独りぼんやりと聴いていると、何とも心が穏やかな幸せな気分となる。

 
さて先日の休みの日に、ショッピングモールに出かけた際にCDショップに立ち寄り購入したのが、この1枚。

 


 

 

DietrichFischerDieskau/ Alfred Brendel(p)によるSchumann

Dichterliebe(詩人の恋)というもの。SchumannHeineの詩集「歌の本/ 叙情的間奏曲」から16曲を収録したらしい。

 

何故かしら理由は明確に述べられないのだけれど、私はこのDieskauの歌声が好きで時折無性に独りで聴きたくなることがある。この「詩人の恋」では情感たっぷりに、が、抑制が効いた表現で歌っている。そして解説にも書かれていたけれども、この作品におけるピアノの伴奏部分も表情豊かに演奏されており聴きごたえがあった。

 Schumannのリートもなかなか美しくて素晴らしい、これはちょっとした個人的発見であった。今年は、時々Schumannのリートを聴きながら春を待つのが良いかと思ったりしている。

あるオババの帰還


 今週初めに、85歳の老女がリハビリ病院を退院し自宅に戻った。昨年11月下旬に右脚の付け根を骨折し、総合病院の整形外科で手術を受け、12月末にリハビリ病院に転院し回復期リハビリなるものを受けていた。

 

脚に限らず全身の機能の衰えがあり、そして本人の精神的活力低下も相俟って、周囲の者が期待するほどのリハビリ成果を得るまでには至らなかったが、それでも立ち上がりや座ることをアシストすれば自分で杖歩行が出来るまでには回復してくれたのは、周囲の者には有難かった。

 

リハビリ病院に入院中は、彼女に対して周囲の者からは“それ歩け、歩け”と叱咤激励したものだが、本人の転倒への恐れが残り、病院側からも転倒への懸念からスタッフの見守り下でないと離床はさせられないとのお達しがあったので、本人は誠に“お利口に”病院の言いつけを守っていたようだった。これでは四肢の機能はなかなか周囲が期待するほどには回復しないものだ。本人は当初自宅に帰ることに自信が持てず消極的であったが、転医後の入院期間が1か月以上になると、流石に帰宅への希望が強くなり、この度の家族側からお願いし退院となった。後は日常の生活の中でゆっくりと身体的機能の回復を図ることになる。長引く入院で身体的にだけでなく精神活力の低下と認知機能低下を恐れていたが、幸いなことに記憶力の低下は否めないものの認知症と呼ばれるレベルまでには低下しておらず、私としてはすこしホッとしている。

 

帰宅当日、近所に住む本人の姉が退院を待ちわびていたと言わんばかりに、いつものいたずらっ子のようなクリクリとした目を更に輝かせてやってきて、早速あれこれと妹の世話を焼いている。「○○ちゃん、トイレ行く?自分で起き上がってみんさい。後ろをついていくけん…..」「じゃあ、自分でベッドに寝てみんさい。脚をほらあげて。そうやって力をつけていかんと」など言っている。妹のほうは、「そうは言われても、出来んけん、困っとるんよねえ」などと、遠慮なく姉に対して愚痴をこぼしている。

 

ふたりの老女の会話は、お互いに難聴を抱えているものだから、途中で会話がかみ合わず、そばで見守っている私に通訳を頼む始末となり、そばで思わず笑ってしまう有様であった。結局その晩、姉は夜9時過ぎまで妹と話し込み帰って行った。私から見れば、女の会話はよくも話題が尽きぬものだと半ば微笑ましくあり半ばあきれてしまったが、この妹老女にとってはこの姉老女の存在は心強い存在には違いあるまい。頭髪の少なくなり白髪だらけで皺くちゃ顔の二人を見ていると確かに老姉妹ではあるが、二人の関係性は何時の間にやら幼女姉妹のように映っていた。傍らで眺めていると、誠に微笑ましい~老いることも悪くないものだと思える。こういう点において、姉オババの存在は老妹に限らず私にとっても有難い存在となっている。

 


さて、この日帰還した老女の状態について、この度の入院で介護保険上では要介護Ⅲなる評価が下った。在宅介護サービスの選択肢が広がり確かに有難いことではあったが、我が親がついにこういう状況になったのかと思うと、ある種の感慨が湧いてくる。

 

これから定められた期日なしの・それでも意識せざるを得ないゴールに向かっての生活が始まるのだとしみじみと思った。いつか己も行く道だもの、オババの老いの過程を心ゆくまで付き合おうかと思ったりしている。

2015年2月14日土曜日

ざ・トウキョウw!~その2~


翌朝、午前7時頃に起床。緩々とベッドから這い出し、シャワーを浴びてゆっくりと支度する。その日は、新橋の某ホテルで同業者の会議がある(筈)ので、確か930分開始だからまだ時間的ゆとりもあった。(筈)を入れたのには少々理由があり、会議は年次総会であり、毎年この時期に同じホテルで開催されていた。この度代理出張を仰せつかったのであるが、肝心の案内状を確認していなかった。この会議といえば某ホテルとインプットされていたので、つい確認を怠ってしまったのであったが、その思い込みは後刻ちょっとしたパニックを引き起こしたw。

 
午前840分頃にホテルをチェックアウトして会場を目指した。東京駅に戻り山手線で新橋に向かうつもりで大通りに出たが、ふと左手を見ると、「東京メトロ・日本橋駅入り口」の表示を発見!

 
“ああ、ウフフ、これはこれは、何という幸運w!”思わず朝から気分が上がってきた。

 
その理由について述べるには、少々長くなってしまうのだが、話を続けたい。その週始めに、何かの折にイチロウが「ヨルタモリ」という日曜夜に放送している番組を知っているかとボクに問うてきた。「残念ながら知らぬ」と答えると、彼曰く、久々にタモリが面白いことをやっていて、親子で毎週見ているのだという。テレビ嫌いのイチロウにしては珍しいこともあるものだと思い、昼休みに早速you tubeで検索してみるとありましたw。

「世界音楽旅行」「日本古典文学講座・百人一首」等々タモリ節全開で笑える。個人的にはその中でも「日本の車窓より、みたいな」が特に気に入った。東京地下鉄の風景を「世界の車窓より」調のナレーションを入れて映し出しているだけのものなのだが、それがクスクスと笑える。

 
昨晩思いついたアイデアというのは、銀座線を短距離乗って「独り日本の車窓より・遊び」をやってみるか、とただそれだけのことだったのであるが、地方者にとっては楽しめそうだった。

 
目の前には、絶好のチャンスが待ち受けている。日本橋から銀座を通って新橋まで乗れるなんて「日本の車窓より・遊び」としては最高のシチュエーションであり、こんな事滅多にないものねw。迷わず入り口に向かい銀座線を目指した。

 
ところが駅のプラットフォームに入ると、そうだった、ラッシュアワーになっているではないか。列に並び電車を待ち、そして電車が入ってきたが、ボクの手前で鮨詰め状態となり、敢無く乗車を諦め次の電車を待つことになった。“これでは日本の車窓よりの、あののんびりとした風景は楽しめぬではないか…..” と、大変暗い気持ちとなってしまった。

 
ところがである、次の電車では前の電車とは全く違ってそこそこの込み具合であり、しかも銀座で大半のヒトが降りてしまい、更にゆとりが出来てしまった。“良いね、良いね。”“銀座線は、日本橋から銀座にかけて日本有数の商業街を通り過ぎ、サラリーマンのメッカである新橋に向かうのでありました。”等々、頭の中でそれ風のナレーションを入れ大いに楽しめましたw!

 
東京メトロ銀座線を新橋で降りて、目指す某ホテルはすぐそばにあり9時過ぎには目的地に意気揚々と乗り込めたのであった。

 
が、なんと!ホテルの宴会場の札にその会議名が記載されていないではないか!“あれ、おかしい、日にちを間違えたのか?そんなボクに代理出張を言った本人ならびに事務サイドが単純ミスをしてしまうのかな…..?”そうだ、それは十分にあり得るw。

 
慌てて、職場に電話をかけて会議事務局に連絡を取ってもらう事にした。待つ間にコーヒーショップに入り、窓外の穏やかな日和の中で佇むオフィス街を眺めていたら、日程を間違えたのであれば、ここは開き直って東京散歩の続きをして地下鉄旅をやってみようか等と思い始めていた。

 
しばし待つこと10数分、職場から電話がかかってきて、「日時は合っているのだが、会議場所が新橋ではなくて大手町の某ホテルになっている」とのことであった。

 
“なぬー、大手町といえば東京駅のあっちか……。逆方向に来てしまった訳か…..トホホ。どうやって行くべか……”スマホを取り出してナビで検索すると、「内幸町から都営三田線で大手町まで約13分」と出ている。“おお、またまた地下鉄か「日本の車窓から・遊び」ができるではないか…..。東京駅・JR線を挟んで行ったり来たりか、これは面白いw!この時は多分相当ニヤついていただろうなw。

 
そのコーヒーショップを出て日比谷通りを目指して一区画歩き、難なく内幸町駅入り口を発見。日比谷通りのほぼ真下を通て地下鉄が走っているのだろうな、うふふ。こんな大通りの下を何工法で掘削したのかしら、千代田城のお堀の真横を通るから工事中に何かひとつやふたつ苦労もあったのだろうな、など、会議の事はそっちのけで、頭の中はナレーション作りにお花畑状態と化していたのであった。

 
この三田線、以前にも何度か乗ったことが有るのだけれど、どこか地味な味わいがあるのだけれど、それはどうしてなのだろうか?午前930分頃の車内は、ヒトも少なく都心部を走っている割には、何故だか生活感が漂っている感じがする。地方者から見るとちょっと不思議な車内雰囲気です。今度誰かに聴いてみよw。


 
そんなおバカなことを思っていると、あっという間に大手町に到着してしまった。目指す某ホテルは、お堀近くにあり迷うことなく着いたのであったが、ビルの構造が地下から上がると少々複雑で、ホテルに入るのにちょっとした戸惑を感じてしまった。

 
このホテル、多分十数年前にイチロウと泊まったことがあった。何かの序でにハトバスに乗ろうという事になり、東京駅近くという事でここに泊まったと記憶している。その当時は古い佇まいで、それはそれなりの趣があったが、昭和の感じで古びた印象は否めなかった。その後この数年でどうも新しいビルに建て替えられたようで、立地に見合った大変立派なホテルになっていて、これには大変驚いた。ボクの泊まりたいホテルリストの第3位辺りに入れておこう。

そして更に驚いたのはロビーを歩いていると、ホテルマンが「○○様の会場は4Fでございます、どうぞエレベーターでお上がりください」と聴きもしないのに誘導されてしまったことであった。あっという間に誘導された感じですたこらとエレベーターに乗り込んでしまったが、この身に沁み込んだ仕事臭が先方をして容易く見破らせてしまったようである。それにしても、ここのホテルマンの優秀さを褒めるべきか己に染みついた仕事臭を嘆くべきなのか、少々悩んでしまったw。

 
結局のところ、会議主催者側の挨拶が終わるころに会場の最後方の座席に滑り込んだみたいで、事なきを得て、最大の目的である情報収集は漏らすことなくゲットすることが出来たw。

 
昼休みに主催者が用意したお弁当を平らげた後、戸外を散歩しようとエスカレーターにて階下に降りてみると、我々の階下の宴会場では某・王手海運会社の「故人を偲ぶ会」が開かれていた。すれ違うお歴々を見ると、確かに我々とは醸し出す雰囲気が違うw。この辺り詳述を避けるので察してほしい。どうも大きな集まりは、我々のものとこちらの偲ぶ会と二つだけのようであり、そりゃホテルマンじゃなくてもどちらの会場に来たのか一見してわかるよな。極めつけは、そちらの会には某政党の副総裁までSPを引き連れて登場したのを目撃した際には、もうそれ以上言う事は何もなかったw。

 
ホテルのエントランスの黒塗りの高級車が次々に車寄せにやってきているのを斜めに見てw、左手に曲がると前方には千代田城・皇居のお堀、櫓がすぐに見えて、随分と気分が和んだ。そして皇居前広場に向かって緩々と歩く、雲は多かったが空は晴れて穏やかな風が吹いていた。


 
誠に気持ちよく、正しく“東京日和”であった。この皇居前の広場に立って、右手に皇居、左手にビルの谷間にぽっかりと開いたスペースに佇む東京駅舎を見るのって、田舎者には堪らない景色だなと思う。皇居から東京駅に向かう広い通りの景色は本当に素晴らしい。島倉千代子さんの“東京だよ、おっかさん”というフレーズが頭の中をよぎるw。





 
根拠は何もないのだけれど、この風景を見ていると日本という国柄に対しての安心感と信頼感を覚えてしまう。我ながら本当に御目出度い野郎だと思うのだけれど、そう思うのだから仕方がないw。この感覚は、伊勢神宮にお参りに行った時に感じたものに近いな。ボクは本当に正真正銘の田舎者なのだと思うが、日本人でエカッタ(笑)。

 
暫しそんな事を思いながら、東京散歩とする。ホテルの会場に戻り、午後からの会議を聴き無事にミッションを終了した。

 
午後4時に会場を後にし、先ほどの散歩コースを辿り、午後611分発ののぞみに乗るべく、あの大通りを歩いて東京駅に向かった。トボトボ歩いていると、ビルの谷間から東京駅舎が見えてくる、正面のスペースにはまだ工事用の壁が立てかけられたままで、どんな事になるのであろう。完成したら、その全容をまたこの広い通りから眺めてみたいものである。


 
丸の内口から駅構内に入り、休憩場所を探すが思うようなところが見つからず、結局再び八重洲口に戻って、地下街にあるその名も「ニュートーキョウ」wで軽食とビールを取り独り反省会を開く。
 
時間にして21時間の短い東京滞在であったけれど、この度の「トウキョウ」は大変有意義であったw。コウスケと久しぶりの邂逅、「日本の車窓より・ごっこ遊び」、個人的な田舎・日本人アイデンティティーの確認、出発前には全く期待してなかった楽しさであった。
 
ただ、「また来たいか?」と尋ねられるとyesともnoとも言いあぐねてしまう。まあそれほど大した命題でもないか(笑)。

 
“さあ元気を出して帰るべか!”と週末夕方のビジネスマンでごった返す新幹線に乗り込み、西下したのであった。

 

(おわり)

ざ・トウキョウw!

諸々のルーチン業務を片付けて、一部やり残したものに後ろ髪を引かれる想いを持ったが、それを断ち切って広島発ののぞみに乗ったのが、午後5時13分。16号車の座席はまだまばらで、指定されたE席に座り、お弁当とおつまみを少々、ビール500mlを一本、幻想小説「タタール人の砂漠」の単行本をテーブルにセットすると、疲れが押し寄せて何処にでもいる疲れた中年オトコの風体となった。


 
ここ数年、東京がどうでも良くなっていてw、無理に行きたい場所でもなくなり東京行きが気の重いことになっていた。

 
1週間前に代理出張を仰せつかり、東京で開催される同業者の集まりに出ることになったのであるが、よく考えてみると1年ぶりの東京行きであった。昨年2月の出張の折には記録的な降雪となり、ちょっとした冒険譚となったのだったが、今回は天気予報によると穏やかな天気となりそうであった。

 
目の前にあるものを腹におさめたら、後は予約した宿に入り寝るだけと思い定めた。Twitterで詮もなきことを呟き、ビールとおつまみでチビチビやりつつ、幻想小説を読み始める。タタール人云々ということだから、東ヨーロッパの或はウクライナ辺りのお話かと読み進めるが、任官したばかりのジョバンニ中尉殿が故郷を離れ国境の砦に着任しひたすら後悔をしている出だしで、物語がなかなか展開しない。新大阪に通過すれども、まだ中尉殿は着任した砦で後悔している、「これはダメだw」と諦め、本を閉じる。

 
新大阪からは、東京へ向かうビジネスマン諸氏がどっと車内に入りほぼ満席状態となった。車窓の外は既に日が暮れて暗闇状態、米原あたりで降雪のためにスピードを落とすとの車内アナウンスがあり、“ああ、そうなの”と独り相槌を打っていると、右斜め前のいがぐり頭のビジネスマンが、P.C.を広げ時折専門書を見ては何やら打ち込んでいる。

 
“ああ、この光景はどこかで見たような・・・・・・・・”

 
ボクが生まれて初めて上京したのは、高校2年のやはり2月だった。地方のガキにとって、東京に行く理由は、勉強するか仕事をするかのどちらかのイメージで、今思えば随分と初心なガキだった。その時は、当時東京の大学に通うために下町で下宿(本当に下宿生活をしていたw)していた兄の処へ社会見学のつもりで遊びに行くことになっていたのであったが、やはり新大阪から企業戦士(ああ、これもう死語だろうなw)然としたオジサンたちが沢山乗り込んで、思い思いに書類を広げたり、明らかに英会話のリスニングテープを聴き込んでいるヒト達を見て妙に緊張したものだったw。

 
その後、結局は東京知らず・企業勤務知らずの人生を歩むことになったのであったが、東京に向かう新幹線の中で彼らのようなビジネスマンに出くわす度に、意味もなく気おくれする心理的反射は相変わらずであるw。

 
そんなことを独り思い出し苦笑いをしながら、斜め前で猛烈に作業している男性を眺めていたのであるが、軽い酔いとともに更に疲れが出てしまって、その後はうたた寝をしてしまったようだ。

 
気が付くと新横浜を通過したようであり、そろそろ今晩のお宿のオリエンテーションを確認しゴミを片付けと荷物まとめに取り掛かった。品川を過ぎた辺りで、スマホをチェックすると、待ち受けの左上にとりマークが出ている。

 
“?”

 
開けてみると、“もしやトウキョウ?”“ミズクサイ、これから飲みますか?”等のメッセージが入っている。おお、コウスケがレスポンスを返してくれている。そうか、近江浪士の彼が江戸に潜伏したまま行方知れずとなっていたのに、健勝に過ごしていたのだな。大変嬉しくなるが、この田舎者が大都会で無事に彼に落ち合う事が出来るのか?それにもう夜9時を回っているし・・・・・、などと逡巡していると東京駅に到着したところで、コウスケより直接telの入電あり。

 
「どこに泊まるの?八重洲口界隈?じゃあ、ちょっとだけ。銀座でちょっと呑みましょう」と嬉しい提案を言ってくれる。本人は無茶ブリで申し訳ないと言ってくれているが、断る理由がなく、喜んでその提案に乗った。

 
彼曰く、「現在渋谷で飲んでいるが、これから出て向かうから数寄屋橋近くのソニービル前で待ち合わせましょうと、八重洲からだと徒歩10分くらいだよ」と告げて電話を切った。

 


“そうか、10分なら近くなのね”と思いつつ、まずはホテルに向かう。八重洲北口から銀座とは反対の方角に徒歩10分のところのビジネスホテルに迷うことなく到着、荷物を下ろして、ソニービルなるものに向かう。ソニービルなるもの東京人にとっては目を瞑ってでも行けるところなのであろうが、田舎者のボクにとっては初めての処で自信がなく、スマホのナビを頼りに向かうが、10分歩けどもゴールに至らず。ああそうか、ホテルが八重洲口から徒歩10分だから、合計20分歩くんだと妙に納得し八重洲口、有楽町駅を右手に見ながら進んでいった。ふと見ると、数寄屋橋の名前の高架が見えて、そのそばに確かにソニービルがありました。交差点の向うに、ぽつねんと長身のオトコが佇んでいる、あ、居たね、コウスケw!つい嬉しくなって手を振ってしまった(この辺りが正しく田舎者w)。

 
信号が変わるのを待って交差点を渡り、無事10時前にコウスケと合流し、コウスケお勧めのスタンドバーに入る。

 
「ここはカウンターで立って飲むのが良いんですよ」とコウスケがレクチャーしてくれ、そのとおりにする。なかなか良い雰囲気のバーであり、彼が「ここのが日本一旨い」と勧めるハイボールを注文する。

 


そこで、時系列は前後しながらお互いの近況やプライベートな事を少々雑談(この辺りは割愛)し、2月28日の岡山ライブ前後の旅程の事、出演trioのプロフィールなどのブリーフィングを受け益々Gilberto’sの岡山集結に向けて気分が盛り上がった。その他、テノーリオ・ジュニオールという数奇な運命を辿ったブラジルのピアニストの話も大変興味深かったな。「彼のCDが1枚、簡単に手に入るよ」とのことで、この1枚は帰宅して早速ポチってしまったw
 
 

 

「普段は、独り呑みが多いんだ、ちょっとネクラなところがあって……」などとコウスケが笑って言ってたけれど、ネクラのオトコではないし、寧ろ細部にまで気配りが出来るヒトだから、飲むときぐらいリラックスしたいだろうし、それには独りでヤルのが一番良いのだろうなと思ったりした。

 

“終電に間に合うように、解散するべし”と決めて臨んだコウスケとの再会であったが、楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、気が付くと1130分を回っていた。慌ててお開きとしたのであったが、翌日のメッセージには、終電に間に合わずタクシーで帰宅したようであり、本当に申し訳ないことをした。

 

コウスケと別れた後、ゆっくりと散歩しながらホテルに戻った。出発前は、東京に出向くことに気が重たかったのだが、コウスケという思わぬ友軍が現れてくれてすっかりと気分が軽くなってきた。八重洲口界隈を改めて見直すと、再開発が進んでいて巨大なビルが立ち並んでいた。このスカイライン・光景はやはりここにしかないよな……..

“そうだ、明日は会議が終わったら少し小旅行でもしてみるかw”と楽しげなアイデアが湧いてきた。

 


トウキョウに対して、勉強や仕事の場所だと初心な気持ちを抱いていた時代もとっくに過ぎ去って、田舎者でも田舎ものなりにそれなりに楽しめる処なのだと再度認識させられたような気がした。

この場を借りて、コウスケの心配りに感謝。

 

(つづく)

2015年2月6日金曜日

今、この2枚を.........


今週の火曜日、所要あり日中の大半を職場から離れていたのだが、夕方に職場の居室に戻ると、デスクの上に小さな荷物が置かれてあった。開封してみると、CD1枚とポスター1枚が入っていた。

 
Samba for Johnny”というタイトルのCDMika Samba Jazz Trio Japan Tour 2015, Okayamaのポスター。

 
“おお、来たか!”と喜び、早速ジロウにmessengerで無事にCDが届いた旨報告、それからやや時間をおいて、ご本人のofficial websiteにお礼のメッセージを書き込む。

 

その後仕事がひと段落した後、このCDi-tuneに取り込み、その前に手に入れた2つのアルバムと共に繰り返し聴いている。

 
どのアルバムも良いし、どの曲も聴いていて楽しく軽い気分の高揚を覚えた。この感覚はどうしてなのだろうか?とここ暫くの数日間考えていた。あれこれ思いついてみたのだけれど、Jazz やSamba Jazzについてあまり詳しくないので、あんまり的外れなことを述べることになってはカッコ悪いことになってしまう、書こうか書くまいか迷った挙句、結局は書かないでおくことにしたw。

 
断片的に個人的な勝手な空想として述べてみると、Mikaさんが作曲したoriginal曲も素晴らしく「Samba for Johnny/ #2 Baiao」なぞは早くも愛聴曲となった。そして私の聴いたことあるボサノバの名曲の演奏においては聴き手側のイメージやその曲想を大切にしながらも、随所に印象的なフレーズを散りばめてMikaさんらしい解釈を加えているようである。本当に才能に溢れたアーティストだと思う。あのマーコス・ヴァリが彼女の演奏を評して“elegant”と評したとのことであったが、大胆さと繊細さと上手な抜き具合(抑制的フレーズという意)と、その演奏に知的な印象も受けた。脇を固めているドラム: ラファエル・バラータ、ベース;セルジオ・バローゾも素晴らしい。この3者が色々なアイデアを次々に繰り出して聴き手に提示していてくれているようで、そこが聴いていて楽しさを感じさせてくれているのだと感じた。

 
CDとポスターの包みの中には、その他ご本人からと思われる短いメッセージが同封されており、“岡山のコンサートでお会いできることを楽しみにしています”と書かれていた。

 
ええ勿論ですとも、我々聴衆も素晴らしいTrioの演奏を楽しみにしていますとも!

 
もう一枚、この度少し何か書き記しておきたいCDが1枚あって、それはLuiz Ecaの「Luiz Eca, piano e cordas」である。前の項で触れたのだが、イチロウより「Tamba TrioZimbo Trioを抑えておけよ」とのアドバイスから、Tamba Trioの「Avanco」を聴き完全に嵌ってノックアウト状態。2月下旬に彼らのその他のCDが手元に入るのを待つ状態となったが、絶対に聴いて置くべき作品はないかとイチロウに質すと、上記の作品を推奨された。急いでネットで確認すると通販サイトで見つけることが出来て、一瞬己の懐具合を思ったが、そこは目を瞑り早速ポチッたw。

 

※ 左は「Brazil 70」という作品でこの度は触れず


Luiz EsaTamba Trioのピアノ担当兼音楽監督のような存在である。幼き頃よりクラシックピアノを学び、若かりし頃オーストリアに留学、その頃の同期としてあのアルゲリッチがいたとか。その後ブラジルに戻りどういう経緯かは知らないがブラジルポップス界に身を投じたようである。

 

MIKA Trio/ Samba For Johnny」のCDが手元に届いた数時間後に、この「piano e cordas」も手元に届きこの日は大変幸せな日であったw。

このCDは帰宅時間が迫っていたので、帰宅後にi-tuneに取り入れることにしたが、それが待ちきれずクルマのCDプレイヤーで聴きながら運転をした。この作品は、ピアノ演奏とオーケストラアレンジがLuiz Eca自身が担当していて全編にわたり彼の音楽的世界が余すところなく展開しているようであった。彼のピアノテクニックも凄いけれど、粘り気のあるリズムセクション、ストリングス編曲の深みにより彼の音楽的思索の深さが聴く者を圧倒する。思わず帰宅を拒否って、そのまま夜の高速を飛ばしたくなったw。ボサノバのオーケストラ入りの作品ではクラウス・オガーマンが有名で好きだけれど、このヒトの手によるオーケストレーションも本当に素晴らしい。Celloでのソロが印象的な2. 3 Minutos Para um Aviso Impotanteから3. Daulphineへの展開には思わず仰け反ってしまったw。鳥肌モノです。どの曲も素晴らしいのだけれど、7.Waveの演奏も思わず唸ってしまった。これまでOscar Peterson/ Motions Emotionsに収録されている同曲を密かに好んでいたけれど(アレンジはオガーマン)、このLuiz Ecaによるもの方も素晴らしくて、どちらがより聴き手に強い印象を与えるかと云えば、こちら(Ecaの作品)の方になるのではあるまいかw?

 
晩就寝直前にi-podで聴いていたところ、ふと“このアルバムは、スイーツに例えるならば、濃厚なチョコレート菓子、ザッハトルテだなあ”等と詮もなきことを思い浮かべてしまった。その心は……、まあどうでも良いか。

 
それにしても、Luiz Ecaという偉大な音楽家が居たんだなあ。そして凄い作品を残している。“はあ”とため息をつきたくなるような、或はまた新たな高い山を眺めて茫然としているような、そんな気持ちを抱いたりした。少しずつ彼の作品を集めて聴いて行かなければ......。

(追記)
アルバムジャケットの左上に、volumeⅡと刻印がある。では、volumeⅠは何処にあるのか?出来れば是非手に入れて聴いてみたいものだ。この辺り、今度ジロウに教えてもらおうかw。