2016年7月10日日曜日

イチロウ行状記~ごっこ遊び編~


本日広島地方は、天気予報では晴れとのことであったが、予報に反して朝から曇り空で蒸し暑く身の置き場に困るほどである。世間では通常参議院選挙の投票日であるのだが、生憎私は職場でのお留守番で投票に行けず仕舞いになった。


多分イチロウは、投票を済ませてどこかへ自転車でトレーニングに出かけることだろう。彼は、石見グランドフォンドミドルコースに参加した後も手を緩めることなく、自転車トレーニングをコンスタントにこなして過ごし、先週末はジロウと道東で行われたサイクリング大会に参加し130㎞強ほど走ってきた。そしてその後も休む間もなくほぼ毎日天気が許す限り自転車トレーニングをして過ごしている。

先日も、彼は仕事の所用で職場から自転車で出かけたものの、出先から職場に帰る途中で、ディスクブレーキが故障し走行不可能となり、約3㎞の道のりを自転車担いで帰ってきた。全くもって“お疲れさま”と言いたくなる状況を、彼は“いやあ参った”と言いつつもどこか楽しそうな様子である。



彼は、年間を通じて56大会程度のサイクリング大会に参加することを目論んでいるようであり、次回は9月末に関東で開催されるヒルクライム大会に出場する予定にしている。その大会は、彼自身が当初予想していたよりも遥かに過酷な設定で、素人サイクリストの中でかなりの上級者向けとなっているようである。ジロウからその大会の詳細な情報を聴くにつけ、彼なりに緊張感とモチベーションを高めているようなのである。



「だめだ、だめだ。こんなものじゃあ、設定時間をクリア出来ねえ。」と弱音を吐きつつも、それでも休日になれば12030㎞の山坂道を走り、普段は昼休みの1時間程度を使って職場近くの山坂道を走っている。また、自転車をこれ以上軽く出来ないとなれば、御自らの体重を減らすとのことで負荷を軽減しようし、この4月からは昼食を摂らずこれまでに軽く5kg以上の減量にも成功していた。

ここのところの彼の自転車に注ぐ情熱そして努力については、はたで見ていてただ感心するばかりである。

さて、そんなイチロウが、ある日昼休みを使って猛暑の中を自転車で山坂道を走っている時に、ふと足を止めて詠んだ俳句を二つの写真を添えて彼のF.B.upしていた。




「ヤマモモの 脚休めよと 路しるし」



文学的素養のない私には、この句の良し悪しを適切に論評することが出来ない。ただ正岡子規以来の近代俳句においては写実的な句、読んだ瞬間にその五七五で表す情景が眼前に広がるような句が大変良いとされていると何かの本で読んだことがあった。

その点において、イチロウの作ったこの句を読むと、彼が山坂道の途中でふと足を止めて見た光景と心情がこちらにも伝わってくるようで、ちょっとした感動を覚えた。その句に対して、数人の方が「いいね」を押されていたのだが、特にコメントもなかったのでちょっと勿体ない気がし、何か私なりの感想を書きたくなった。他の方も閲覧されるところにupされていたので、私の感想を他者に見られる気恥ずかしさもあり、どのように書くべきか暫く逡巡したのだが、ある良いアイデアが浮かび、このアイデアで書けばイチロウも分かって笑ってくれるだろうと期待し以下のようなコメントを投稿したのだった。



<国文学者 李澤京平教授の解説>


え〜と、この俳句は所謂“詠み人知らず”、の句なんでございますねえ。明治中期から後期には一般に広まった句で、どうも“同人誌「ウグイス」でも取り上げられた”と言われているのでございます。
季節は丁度この頃、猛暑の昼下がり蟬しぐれの山坂道をえっちらおっちらと自転車を漕いで青年が登ってきて、峠でその両脚の疲労に耐えかねて、思わず自転車を降りてしまった。「いやあ、己の鍛錬がまだまだ足りんわい」と青年が己の力量に嘆いて、ふと下を向いたところ、何と車輪に押し潰されたヤマモモの実が転がっていたわけなんですねえ。その青年は、子どもの頃から野辺にある植物の実を口にしては、「これ食べられる。」「これまずい。無理。」と学習してきておりましたのでえ〜、その頃にはヤマモモのあの酸っぱい味にも慣れ親しんで大好物になっていたのでございます。青年が、慌てて上を見ますとお、まだまだたわわに実ったヤマモモの木があるじゃあございませんか!
それを見た青年が思わず生唾を飲み込んで、子どもの頃に味わったヤマモモの味を思い出したのでございます。ですから、この場合「ヤマモモ」とは己の童心のメタファーになっていまして、「脚休めよ」とは“一生懸命に物事に打ち込むのも良いが時には休めよ”、と。そして「路しるす」とは、“熱気で焼けた路が潰れたヤマモモの汁を吸う”にかけつつ、一生懸命に何事かに没頭して乾き切った心にヤマモモの実の汁、即ち童心の心をもう一度染み渡らせよ“転じて“童心の時に抱いた夢、そしてその後の生き様をもう一度心に刻めよ”、とこうなる訳でございます。ですから、「一生懸命に生き急ぐなよ。時にふと脚を止めて童心に帰って、己の生き様を振り返ってみなさいよ」とそのようにこの句を読むことが出来る訳でございます。

この歌の精神が、行き急ぐかのように明治維新から文明開花・富国強兵と足早に近代化・西洋化していく明治期の日本人のココロに強く響いたようなのでございます。一説には、夏目漱石がこの句から大いに刺激を受けてえ、彼の近代日本に対する思索を深めていったとかいかなかったとか言われているのでありますが、残念ながらそれを裏付ける資料は残っていないのですねえ。
なお、実際のこの青年が、ヤマモモに目が眩んで、思わず口いっぱいにその実を食べてしまった事実は誰も知らないのでございました。

以上でございます。ご清聴ありがとうございました。



この国文学者 李澤京平教授なる人物は実在のヒトではなくて、20149月から約1年間に亘り毎週日曜日2315分~2345分までフジテレビで放送された「ヨルタモリ」というバラエティー番組の1コーナーで、タモリが演じたキャラクターである。百人一首をパロディーにしてそれらしく李澤教授が解説していてクスクスと笑えた。ご記憶の方もいらっしゃるだろう。そのコーナーを含めイチロウと私の大変お気に入りの番組であった。

私のパロディー解説をイチロウも分かってくれたらしく、彼の評価も「最高じゃねえか」との事でまずまず気に入ってくれたようであった。私はイチロウにそれなりに喜んでもらえたことで更に気分が良くし、この李澤京平教授ネタをもっと書きたくなり、新しいネタを探し始めたのであった。

(つづく)

2016年7月5日火曜日

五十オトコどもの夏~遠方より友来る~


今年5月のある日、九州地方に住むタカヒロがmessengerで「イチロウとマサキの都合が良ければ、72日土曜日に会わないか?イチロウとマサキの都合が良いのであれば、仕事の用事を入れるから。」と連絡を寄越した。

タカヒロは学生時代からの友人であり、F.B.で時々連絡を取り合っている。彼とは、学生時代には所属するクラブや普段交友する仲間が異なることもあり、仲は良かったが特別親密というほどでもなかった。むしろ就職して以降から就職場所が同じであったこともあり、時々食事や飲み会を共にするようになり、お互いに学生時代以上の親密さを感じるようになったのだと思う。それも数年間の事で、夫々の事情で再び疎遠となっていたのであるが、2年前の同窓会で再会し彼が私やイチロウのことを大変懐かしがってくれてい、時折「私やイチロウと飯が食べたい」とF.B.でコメントしてくれていた。

結局、当日はイチロウには既に先約がありタカヒロに断りを入れたのであったが、それでもタカヒロは「マサキと呑みたいから。」と、仕事上の用事を入れ当日広島にやってくることになったのであった。

ある時、私と関西に住むコウイチとmessengerで会話しているうちにタカヒロの事に話題が及び、彼が「タカヒロと会うのなら、俺も翌日ゴルフがあるけど、広島に行けなくもない。」と言った。更に23やり取りをしている間に、彼はあっという間に当日の宿泊の予約を入れたみたいであった。夕方広島に来て私たちと飲み食いして、翌朝7時の新幹線で関西に戻り、他のゴルフ仲間とラウンドする予定にしたとの事。

普段常識的で落ち着いた態度や抑制的な行動を示すコウイチが、そんなにも大胆な行動を取ろうとすることにあっけに取られる想いがし大変驚いたが、彼に会えるとなればやはり大変嬉しかった。

彼ら二人とのやり取りを横で眺めている恰好になったイチロウは、彼にしては珍しく「ええんか!羨ましいな、チクショウ」と本当に残念そうに感想を漏らしていた。

“じゃあ、イチロウはイチロウの約束をキャンセルして、こっちに参加すればいいんだぜえ”と大仰な態度で彼に水を向けたりもし、彼も一瞬そんな迷いを抱いたものだが、でも先約は先約だから仕方なしということになった。

一方で、イチロウと私にはちょっとした懸念があった。

2年置きに高校同窓会が開催されているのだが、この度の私の歓待がパーフェクト過ぎて、「次々回の同窓会は広島でマサキが幹事で開催してしまおう」という話の流れが出来上がったら、“ちょっとやばいな(笑)”ということであった。イチロウや私には、対人マネージメント能力は皆無であることをお互いに重々自覚しているのだ。

そんなちょっとした懸念を抱きつつも、やはりタカヒロやコウイチとの再会が楽しみであり、“どんな店に二人を連れて行こうか?和食が良いか、フレンチが良いか?2次会はタカヒロの好きなワインが飲めるところにしたいから、1次会は和食に連れて行ってワインは呑ませないでおこう”などとあれこれ思案して、あるお店に予約を入れた。

この頃は、すっかり外食や外呑みをしなくなったので私自身のレパートリーはあまりないものだから、予約を入れたお店もこれまでに行ったことがなくオトコどもの期待に沿えるお店であるのかどうか、そして本格的な梅雨が始まり当日の天候が大雨になって、久しぶりの再会に文字通り水をさすようなことにならないかが、約束の日が近づくにつれて気がかりになっていた。


72日当日は、幸いにも終日陽が射したり厚い雲が上空を覆うような梅雨の中休みのような天候で、天気は持ちそうであった。午後6時過ぎにタカヒロをホテルまで迎えに行き、そこから予約を入れたお店にエスコートすることにし、多少広島の地理を知っている筈のコウイチには大変申し訳なかったが、広島駅から直に現地に来てもらうこととした。



タカヒロは、約束の時間に日焼けした身体にネックレスを付け、白いシャツ、ジーンズの軽装で現れた。「よう、久しぶりだなあ、マサキ」と学生の頃と変わらないクリクリとした眼で顔全体を綻ばせて挨拶をくれた。家内が現地のお店まで送ってくれて、予約時間を10分程度遅れて到着。コウイチは既に店に入っていて、案内されたテーブル席で待っていてくれた。

「よう。」コウイチは、これからゴルフに行くよという風なスポーティな出で立ちでやって来ていた。

ふたりとも普段から節制し運動をしているので、学生時代とほとんど変わらない体型を維持していて若々しい。

お互いの挨拶が終わると、早速ビールを夫々に注文しスタート。予約していたコースの料理に舌鼓を打ちつつ、お互いの近況や学生時代の想い出話で盛り上がる。次第に、同窓会になかなか出て来ない旧友に話題が及ぶ。コウイチとタカヒロは私よりも情報通であり、卒業以来疎遠になった友人たちのことを話してくれて、そのいずれの人物も懐かしく確かに会ってみたい気になった。聴く私もどちらかと云えば、同窓会に対しては不義理を働いているので、二人の話の矛先が何時こちらに向けられるのかがちょっとした気がかりでもあったが、二人の話はただただ懐かしい想いで聴いていた。

ビールが済むと、二人に地元のお酒を勧める。二人とも「旨いね」と言ってくれて、運ばれてくる料理も満足できるものであり、二人もそのように思ってくれている様子で歓待する者としては大変安堵した。



3人とも少しアルコールが入って口が更に滑らかになって、若い頃につきもののエピソードなども飛び出して笑えたのだったが、20年以上も前の話がつい昨日のことのようであった。



タカヒロとの間では定番となっている話があって、真夏の夕方にタカヒロのクルマでドライブをしたことがあった。職場の女の子を二人後ろに乗せて喫茶店にお茶をしにいったのであったが、その帰りに交差点で信号待ちをしているとクルマがエンストを起こしてしまった。後続の車両にお詫びのポーズをして、慌ててオトコ二人して側道にクルマを押して移動し、汗だくになりながら押しがけをしたことがあった。1‐2度のトライで見事にエンジンが掛かり、オトコ二人で大笑いした。そういう独身時代のハッピーな光景として、タカヒロと私の共通の想い出としてあとに残った。彼と会う度にその話をして懐かしがるのであったが、ふと今振り返るとあの時連れていた女の子たちも怒りもせず笑って楽しんでいたような気がする。

タカヒロには、明るくて同性・異性を問わず相手から陽性の感情を抱かせる魅力があの当時からあった。

タカヒロに比べると、コウイチは学生時代から親密に付き合っていたと思う。近年では時折このブログで取り上げる程に頻繁に連絡を取り合っているので、改めての当日彼との間での思い出話も出なかったのであるが、ひとつ思い出したことがあってその場では言わずにいた。もっとも言ったところでオチのない詮もなきことであるのだが、その想い出とは大学の最後の夏にコウイチが私を自宅に招いてくれたことが有って、その時彼は、私を宝塚~西宮~神戸へクルマで案内してくれたのであった。穏やかでリラックスした夏のひと時であったのだが、関西人の暮らしが垣間見えて田舎者の私には大変珍しく興味深いひと時でもあった。上にも述べたが、コウイチには若い頃から常識的でバランスの取れた感覚があり、そう云うヒトとなりがこんな環境で出来上がったのかと妙に感心した。それ以来、彼をそれまで以上に信頼することになり、事あるごとに何かを話しては相談に乗ってもらうようになった。普段は、コウイチの頻繁に出てくるギャグに釣られてしまい、言いそびれてしまうが、常々感謝するところ大である。

1次会の和食店には、二人ともその食事やお酒にも満足してくれた様子で無事に終了。

時間は21時を回ったところでお開きにするにはまだ早く、2次会としてワインバーに二人を案内した。半年に1度くらいのペースで10年以上通っている店であり安心して二人を案内出来るところである。

ここから先、何を話したのかほとんど記憶になく、どうこの記事を進めて行けばよいか分からない。その店自慢のワインセラーを見せて貰ったり、可愛い女性ソムリエさんに相手をしてもらって刺激を受けたのか分からないが、確か若い頃の女の子話に盛り上がったか、その辺りをコウイチに確認が必要なのだが、確認するほどの内容ではなかったような気もする。それでも学生時代の気分に戻って、和やかで楽しい時間だった。



店のオーナーお勧めのトスカーナワインをボトル一本開けたところで、良い頃合いとなり、その店を退散。午前0時にはまだ1時間30分くらい余っていたので、もうちょっとということになり、3次会として外国の方も集まる賑やかなアイリッシュバーへ二人を案内。そこで、更に酔いが廻って青春時代のエッチ話になったようであるが(全く記憶になく、私がそのお店でF.B.にアップした短文を参照した)、タカヒロの青春時代エピソードに突込みを入れていたのかもしれない。

考えてみればお互いにまだまだ仕事は忙しくこなさなければならない年頃なのだが、子育てはそろそろひと段落しつつあるところで、自分に割ける時間を取り戻し再び中年としての青春期に突入しているのかもしれない。

タカヒロともコウイチともどちらからともなく「楽しい。良いなあ。マサキ会を定期的にやりたい」と言い出してくれて、歓待した身としては面目を施したということで大いなる満足を得ることができたのであるが、先に書いたようにイチロウと交したちょっとした懸念に向かって背中を押されたようで、何とも複雑な想いを抱えることになってしまった(笑)。

タカヒロにもコウイチにも定期的に会いたいが、この二人が「次々回の高校同窓会は、マサキの幹事でやろうぜ」と言い出さないことを切に願うばかりであるw

午前0時が近づいたところで、「マサキ会」はお開きとなった。翌日、タカヒロは仕事の上のミーティング、コウイチは朝早くからゴルフのため関西に戻り、私は家の雑用とそれぞれの日常に戻った。後には、蒸し暑い夏の午後に夕立が降って、一服の清涼を得られたような心地良さが心に残った。

週が明けて、職場でイチロウにミニ同窓会の模様を報告。イチロウもちょっと羨ましそうで「次回は俺もマサキ会に参加するよ」との反応あり。

イチロウは、週末ジロウと北海道オホーツク海沿いで開催されたサイクリング大会に参加したのであるが、コースが素晴らしく大満足であったとの事。「マサキを連れて行きたかったなあ。マサキ好みのフラットなコースで路面も良かったし、景色も素晴らしかった。途中から雨にやられてな。あれには参ったが、それも含めて面白かったぞ。」

“じゃあ、二人とも大満足で帰ってきたのだな。良かったじゃないか。”

イチロウ「だけどな、ちょっと物足りないぞ。記録者がいないんじゃあなあ。だから、マサキ今度は一緒に行こうぜ」

“え?じゃあ、また祐筆として雇ってくれるのか?そういう事だな。ちゃんとジロウ殿の承諾を得ておけよ(笑)”

実は、イチロウやジロウから誘われていたサイクリング大会を23件ことごとく断った経緯がこの2か月ばかりの間にあって、イチロウ伝手に「ジロウがマサキはもう祐筆として役に立たない。首だ!」と宣告されたとのことであった(笑)。

イチロウ・ジロウ兄弟共に彼らの伝説的青春時代から知る者は、彼らの両親を除いてオイラしか居まいと勝手に自負してきたので、イチロウからジロウの宣告を聴いた時は「あんまりだあ」と結構しょげてしまったのであったであったが、どうもまた風向きが変わったようだ(笑)。一度剥奪された役職も、難なく元の祐筆として返り咲き、またこのblogに彼らの行状記を書けそうだw。

季節はめぐって再び夏がやってきたようである。それぞれの五十オトコどもの季節も再び夏めいてきたのかもしれない。



イチロウ・ジロウ兄弟だけでなく、「マサキ会」をダシにして、コウイチやタカヒロ達のこれからの移ろいゆく季節を私なりに祐筆として定点観測して記録していくのも良いかと密かにニンマリとしながら思うのであった。

(終わり)

2016年7月4日月曜日

音楽を聴く悦び②

p




私は音楽が好きである。他のヒトはどうだか知らないけれど、私の場合には頭の中で好きな音楽が鳴っている時がどうも精神的に好調のようである。Friedrich Gulda/ Concerto for Myselfを聴いてその事に気が付いた。


そう云えば、学生時代の沢山時間があった頃はよくJoao Gilbertoの歌声が頭のなかで鳴っていたことがあった。

ある時私がイチロウに「Joaoってさ、折角all of meとかjust one of those thingとかジャズスタンダードナンバーを演ってくれたんだったら、もっと他の曲とかしてくんないかな。そうだ、そうだ。日本の童謡とか優しく歌ってくれるのはどうよ?」とおバカな話をふると、イチロウはニヤニヤしてJoaoの声色を真似て、少し鼻詰りのような声で「mou-mo taroshan monotarosha-n」「moushu, moshi, kameyou, kameshanyou~」と歌い出し、「みたいな感じかw?」と応じた。

そのイチロウの歌マネが本当に可笑しくて、私のツボに嵌ってしまい、しばらく頭の中でJoaoの声とギターで「桃太郎」「ウサギとカメ」の童謡が繰り返し鳴っていたのだった。

  今思うと我ながら本当におバカだわw。

ええっと、話を本筋に戻すと、この度は久々に似たような現象で、「Friedrich Guldap/ Concerto For Myself」が暇な時などには、私の頭の中で鳴るようになってしまっている。すこぶる私の機嫌も良いw。ちょっと嫌な事・不快な事があっても、この音楽を意識的に頭の中で鳴らしてしまうと、忽ち元気を取り戻せる。

何の予備知識もなく、イチロウに勧められるままにYou Tubeuploadされたこの楽曲のライブを観始めた時は、“ああ、バロック・ジャズ(バロック音楽をジャズテイストで演奏する)をやりたいんだな、ふむふむ”とやや上から目線と申しましょうか、ちょっとあくまでもお付き合い程度で聴いていた。

それが聴き進んで行くと、次第にGuldaの弾くピアノのフレーズがモーツァルトのように鳴ってきて、そしてベートーベン風のフレーズが入り、最後にはラフマニノフ風のフレーズが入って、もうそうなってくると聴いていてニカニカと相好を崩し大いに嬉しくなってきた。第1楽章は、バロック時代からロマン派からラフマニノフまでのクラシック音楽がジャズテイストでコーティングされているような感じで、この楽章が終わった時点で、もう完全に嵌ってしまっていた。

2楽章Ariaは、ちょっとライトクラシック・ラバーミュージック風で、オーボエとピアノが絡む。美しいといえば美しい。分かりやすい美しさ。これはこれで良いなと思う。Guldaは何も難解なものを演奏しようとしている訳ではなそうである。

3楽章Free Cadenzaでは、現代音楽的に、鍵盤を肘で叩くわ、弦を指でピッキングするわ、フレームを叩くわでもうやりたい放題に見えるのだけれど、どこか緊張感の中にも美しさを失わない。観ていてとても愉快・ハッピーw

4楽章Rondo は、再びジャズテイストを保ちつつもベートーベン・コンチェルト風、時にラテンのリズムに変化し再びベートーベンに戻る。考えてみれば、ベートーベンって特にsymphonyなぞはリズムが特徴的であったなあ。ベートーベンとラテン調のリズムに変わっていくのはある意味で自然というか的を得ているような気がした。

エンディングは、アンコールで再びGuldaがこのRondoの一部を再演。どうだどうだと言わんばかりに、聴衆を見回し多分両親指で自分を指し「Concerto for myself !」と満足げに叫んでいる。やんや・やんやの拍手喝采……。実に素晴らしい、聴き終わって非常にハッピーw。

この楽曲の中に、Guldaが自分のものとした、そして愛してやまない、バロックからモーツァルト、ベートーベン、現代曲、ジャズまでのエッセンスがギューと凝縮されているように思えた。

ああ本当にGuldaって素晴らしい、好きだなあ。

ということで、You Tubeを使って、彼のその他の演奏も聴いてみた。有名なJazz Musicianとの共演も面白かったけれど、私が「スゲー」と相好を崩して降参してしまったのは、Doors/ Light my fire。このソロピアノはスゴイ。クラシックピアニストのタッチじゃないよ、ちゃんとロックしている・このグルーブ感はすげえカッコよかw。


Guldaって、どのジャンルの音楽に対しても、真剣に取り組んだ音楽家なんだということがよく分かる。Wikipedia、や、他の方できちんとした評論を書いて下さっているブログがあるので、彼の来歴や音楽的キャリアは割愛させてもらうけれど、You Tubeにアップされた演奏を観ていくうちに、クラシックだけではなくポピュラー音楽に対してもちゃんと分析して本質を捉えた上で演奏していることが分かった。あらゆる音楽がご本人の血となり肉となって我々に提示されている。そんな印象を持ってた。決して器用にとかそういう事ではなくて、あらゆるジャンルの音楽がGuldaという精神を通して昇華されているのだ。

やっぱり生まれ変わるんだったら、ムード映画音楽専門の作曲家もいいけれど、Guldaに生まれ変わりたいなあ。あらゆるジャンルの音楽を吸収して自分の魂の赴くままに、ピアノを弾きまくるそういうモノにワタシはナリタイ.....w。

彼の演奏を聴いていると、私は本当に“音楽好き”で良かったと思える。ロック好きとか、ジャズ好きとか、クラシック音楽好きとかあるジャンルを偏愛するのではなく、“ジャンルを問わず音楽が好き”という態度というか価値観を自分が持てていたことにこのヒトに出会えて改めて認識することが出来た。このヒトが西洋で発生した音楽を偏見なく吸収しそして愛しむように演奏したその心を、こちらも何の偏見もなく素直に受け止めて彼の演奏を愛する“音楽好き”で良かったとしみじみと思うのだ。そんな想いに至りとても幸福な気分を味わうことが出来た。





てなわけで、Mr. Manciniには大変申し訳ないのだけど、しばらくお休みしていただくことになりw、予定を変更してこの夏はGULDA祭りをしていこうかと思っているw。まずは、彼が愛してやまなかったMozartpiano concerto辺りから…….



(終わり)

追記;ちょっと訂正とお詫びがあります。「音楽を聴く悦び①」を読んだイチロウが珍しく、ちょっと「訂正してくれろ」と抗議をしてきまして、私が「イチロウは、彼のどストライクのものに対しては控えめで、彼のストライクから微妙に外れたものをこちらに勧めてくる」と表現した箇所に異議があるとのこと。彼曰く「原石を拾ってきて、マサキに磨いてもらいたいものを投げているのであって、その背景にはマサキを畏れているからなんだ。」「マサキに酷評されたりスルーされると結構参ってしまうんだぜ」と申します。「自分の中でマサキにどう評価されても、もう自分は納得してしまっているものは言わないんだよ」と。

「?」それはイチロウにとってどストライクなものは、やはりこちらには言って来ないのとどうちゃうのか?と思ったのですが、どうも“イチロウ的にも評価し辛いものをこのマサキに図って吟味して貰おうとしている”とのことなのでしょう。そういうことなのだということをここに付記しておけということなので、訂正して追記させていただきますw。




2016年7月1日金曜日

音楽を聴く悦び①

このブログに幾度か書いているのだけれど、私は音楽を聴くことが好きである。ジャンルを問わず、クラシック、現代音楽、ジャズ、ロック、ポップス等。残念ながら、演奏の方は全くできない。せめて楽譜でも読めるようになりたいと思い、高校吹奏楽部に所属する次男に「教えてくれろ」と頼んだが、「オヤジには無理」とあっさりと却下され、未だ勉強に取り掛かれていない。

ここしばらく私は公私ともに気ぜわしく精神的には停滞気味で、移り行く季節にも無頓着であったし、これと言って音楽を聴いて楽しむということもなかった。

6月下旬の夕方シトシトと雨が降る中ある交差点で信号待ち停車をしていたところ、若い男女が傘をさして並んで交差点を渡っていた。おそらく恋人同士なのだろう、お互いに笑顔で何事かを話している様子で大変幸せそうに映った。“ああ良いね、このオジサンにもそう云う時代があったなあ。”と微笑ましく思えたのであるが、ふとその時Oscar Peterson演奏/ Claus Ogerman編曲 Sally’s Tomato( Motion Emotions, 1969)が頭の中で流れて来た。


この曲は、オードリー・ヘップバーン主演映画「ティファニーで朝食を」の挿入曲なのでご存知の方も多いと思うのだが、私は上記したOscar Peterson/ Claus Ogermanコンビの演奏が大変好物なのである。ことあるごとにi-podでこの曲を再生しては独り悦に浸るということをしている。



そう云えば、この曲のオリジナル版の音源を手元に持っていなかった、原曲の演奏はどんな感じだったっけ?と想いYou Tubeで検索し聴き直してみると、Henry Manciniご本人によるアレンジもなかなか恰好良い。ラテン調のリズムにトランペット~バリトンサックス(?)~混声コーラス~マリンバなどでつないでいくメロディーラインはピータソン/ オガーマンコンビのアレンジとはまた別の趣の洗練さを示していて改めて感心してしまった。

Henry Manciniってカッコええなあ。俺、生まれ変わるとしたら、映画音楽・特にロマンス映画専門の作曲家になりたいわあ。頭は禿げ上がっているけど、前頭部が発達していて知性を感じさせるハゲかたで、黒のタートルネックを来て黒のパンツ穿き、それで右の薬指にはデカいサファイアに小粒のダイアモンドをあしらったリングをはめてな、それでピアノの譜面台のところに頬杖ついて静かな微笑みを浮かべて白黒の写真に収まるんやで。ええなあ、カッコええなあ」などと、隣で作業をしているイチロウに駄弁ると、彼はまた私の他愛もない妄想が始まったと言わんばかりに笑っていた。

“ようし、この際今年の梅雨は、Henry Manciniを聴きまくろう。マンシーニ祭りじゃあ”と思い定めネット販売で検索し、「Henry Mancini/ The Classic Soundtrack Collection」を発見し手ごろな価格だと歓び迷わずポチッた。ついでにOgermanアレンジもので今まで持っていなかったものはなかったかしらと更に検索すると、Bill Evans(p)と共演した「symbiosis(1974)」なるアルバムを発見。おお、と歓喜の声を漏らしてこれも迷わずポチッた。


そして待つこと数日後、このCD9枚なるボックスセット1ケース、アルバムCD1枚が手元に届き、「来ちゃったよう」とイチロウに自慢げにそれらを見せた。それから空いた時間を利用してi-tuneに少しずつそれらの音源を取り込みながら、“ふむふむ、マンシーニも良いねえ、エバンスもリリカルで良いし、オガーマンのアレンジもなかなか渋いね”などと独り悦に入りご機嫌な毎日が始まる筈だった。いや実際に始まったのであるが、あることがきっかけで予定が少々狂ってしまった。

手元に来たそれらのCDをイチロウに見せた時、彼は一通り私のCDを眺めた後、「良かったじゃん。でもな、良かったらGuldaも聴いてみてくれ」と返事を寄越した。

その日イチロウは彼のF.B.上でYou Tubeビデオを貼ってFriedrich Gulda(p)の演奏を取り上げていて「大変気に入っているのだ」という趣旨を記載していた。私自身は、Guldaの名前こそ知れ、彼の演奏については全く聴いたことがなかったので、彼の文面だけを読み「そうかそうか」と“いいね”とボタンを押していた。

以前から時折イチロウは、ボソリと「Guldaはなかなか面白くて良いのよ」と言っていたのであるが、私は「ふーん」とスルーしていた。“オイラは、クラシックのピアニストであれば、ポリーニ・ミケランジェリ派じゃけん”などと高を括っていた。

それでもイチロウから「是非聴いてみてくれ」というも珍しく(このヒトの特徴として、趣味なり関心の対象がどストライクの時は意外にも控えめで、その対象が微妙にストライクゾーンから外れている時に私なぞに妙に勧めてくることが多い気がするw:これは私の彼の嗅覚の鋭さに対するやっかみ交じりの偏見なのだろうが。)、多少なりとも気になったので、お付き合いのつもりでその日の夕方車中で、イチロウが聴いてみてくれと言ったYou Tubeのビデオを眺めることにした。 

Friedrich Gulda/ Concerto For Myself

“うん……..?これはこれは。チクショウ、またイチロウに1本取られたw!”いやあ、参った。凄い、面白い。
そのビデオのGuldaの演奏には、「音楽に対する愛情に満ちた」、もっと言ってしまえば「生の悦びに満ち溢れた」そんな陽性の感情が画面全体から溢れ出るような演奏だったのである。私は完全にノックアウトされてしまっていた。

(つづく)