2019年12月3日火曜日
小さな学校の小さな同窓会2019~同窓会本編(2)~
同窓会1次会は楽しくも和やかな雰囲気のうちに終了し、続いて私たちはホテル最上階のラウンジに設けられた2次会会場に移動した。
私は4人掛けのテーブルにトウヤマ、ミカ、チエたちと座った。トウヤマとは前夜際の続きで彼の近況を聴いていた。ちょっとのんびりとした彼の物言いは高校時代のものと全く変わってなかった。彼の話からは、時折一般生活者が経験する心配や苦労が伝わってくるのだけれど、彼のおっとりとした語り口からは、本人がそれほど深刻に受け止めている様子はなく、ありのままに物事を受け止めて前向きに物事に取り組んでいるように映った。思えば、彼は高校時代から良い意味で楽天的なヒトで、年を重ねるに従って味わいのある50代のオトコになっているようだった。
チエ。彼女は高校時代から、もの静かだけれどしっかりとした女の子だった。このヒトの可愛らしい物言いに、こちらがつい油断して喋っていると、時折鋭いツッコミが入ることがあった。それでも、あとで全然嫌な気分にならなかった。後年同じ大学に進み低学年の実習試験前に「マサキは、基本がなってない」と穏やかに諭されるように言われて、なんだか勉強だけではなく自分の本質を突かれたようでちょっと驚いたのだけれど、それでも全然嫌な気分にならなかったのは、彼女の人徳ゆえだ。彼女の近況を聴いていると、やはり彼女らしくしっかりとした考えを持って良妻賢母+ワーキングウーマンとして日々過ごしているようだった(これは、ここに集まっている女性たち皆に共通していることなのだけれど)。
ミカ。このヒトは同じ大学に進んだ後、大学時代の終盤に同じ実習グループで過ごした。ずっと可愛い女の子だったけれども、普段の態度から物事に対してひた向きに取り組む努力家だと思っていた。後年、ヒト伝いに聴いた彼女の活躍は学生時代の様子を彷彿とさせるもので、私は素直に感動したし元気を貰った。彼女に対しては内心ずっと尊敬してきた。
ああ、この辺りから段々酔いが回って来て、記憶が断片的になっている。
その後、皆それぞれにテーブルを行き来し、旧交を温め合っていた。私は、ユミコとどういう脈絡だったか、彼女から私の近況を聴かれて「息子二人がいるが、それぞれ別に暮らすようになり。現在、家では夫婦二人の生活になったこと。なんだか夫婦二人でご飯を食べるのが、気まずいというか手持ち無沙汰というか……」てなことを話したところ、ユミコはしたり顔で「そんなところあるよね~」と妙に共感されてしまった。このヒト日本人離れしたルックスと生活スタイルを有しているようなのに、日本のおっちゃんにありがちな話をして彼女の共感を得られるとは思わなかった。私は内心びっくりとしたのだけれど、このヒトもええオナゴやなあと思った。
この後は、どうやって2次会が終わったのか分かりませんw。気が付いたら、幹事のモトムラから「2次会を終了し、この後は呉市内のスナックで3次会をします」と告げられたので、彼の元に行き「ああ、もうオレ、限界に近づいて粗相をしそうだから、ここで失礼させてもらうよ…。」と申し出た。そうしたら彼が毅然と「マサキ何言ってるの!、次は○○ビルの○○というスナックだからね。みんなを連れて行ってよ。」と返されてしまった。〝うーん、そうか…..“と幹事の指示を聴いてドロップアウトを諦め、彼が教えてくれた○○ビルの○○というスナックを頭の中でリピートしながらホテルの玄関へ移動。
ホテルの玄関を出たところで数人が集まってい、近づくとカイタがこれから関西の自宅へクルマで帰るのだという。1次会の近況報告で、彼は急激に体重を絞ったのだと報告したのだが、その理由はまたサーキット走行を再開させたからだとのこと。高校当時は〝カイボン“とのあだ名が付くくらいのぽっちゃり体型で、時折ユーモラスなポーズを作っては周囲の笑いを誘っていた。高校卒業後、別の大学に進み詳しい消息は知らぬままなのだけれど、若い頃はクルマのスポーツ走行を趣味にしたとのことだった。恐らくその後仕事や家庭生活で多忙となり、一時期はクルマのスポーツ走行に時間を割くことが出来なかったのだろう。やっとこの頃自分の時間を確保し趣味を再開したんだね。私たちは、やっと自分自身に向き合える時間を持てるような年代に入ってきたのだよね。カイタ・カイボン気を付けて帰ってね。
一体何時に3次会が始まって、何時に終了したのでしょうかw? モトムラに教えて貰ったスナックに入ると、カウンターをコの字取り囲むようにみんなが座って、またそれぞれに各々賑やかに楽しそうに語らっていた。両側にタカコ、タカヒロが座ってくれていたのだけれど、何を私はしゃべっていたのでしょうかw?後日、モトムラが撮ってくれていた写真を見ると、私は誰とも喋っていなかった様子w ただみんなの顔を眺めながら幸せ・満足気分に浸っていたような気がする。周りの楽しいノリに付いて行ってない「マサキ、キホンガナッテナイw!」
この時はかなり酔いが回って頭が働いていなかったのだけれど、自分の中に籠るこの気性は、実はあの頃から成長できていない部分なのだろうな。
それでも断片的に、男性陣が歌い出したのは記憶していて、元バンドの面々、そしてヒサシが謳って更にその場の雰囲気が大いに盛り上がったのは十分に理解出来ていた。皆それぞれに歌が上手かったけれど、やはりハイライトはミサキが歌った「雨上がりの夜空に/ RCサクセション」だった筈。当時この曲は、男子が皆好きだったし、あの時代の空気を象徴する曲だった。そして彼らのバンドが学園祭でこれを演奏して大盛り上がりだった。実は、ミサキと事前に短いやとりをして、「この曲を歌ってくれ」とリクエストしようかどうしようかと迷っていたのだけれど、実際にミサキの歌う「雨上がり~」を聴けた時には目頭が熱くなり感無量だった。〝ああ良いもの聴かせて貰った“。もう幸せ過ぎて、ワタシハコノママショウテンシタカッタw
なんだかこの感情を発露したくて、思わず隣に座っていたタカヒロの頬に「本当にアンタはええ奴じゃ」などとむにゃむにゃ言ってチューを2回してしまった。タカヒロはただ彼独特の人懐こい笑顔を浮かべていたっけ。タカヒロありがとねw
それでその後どうなったんだったけ?モトムラから3次会の終了を告げられて解散となり、各自自由行動となったのだけれど、もう私は力が残っていなくて、ホテルに数人のタクシーに乗り合わせて帰った。その中にオノが居て宿泊部屋が同じ階だったので、もう少しだけ駄弁ろうかという事になった。
オノ。彼とは高校時代から親しく付き合ってきた。高校時代には絵の才能があって彼の画力に驚かされたことが何度もあった。もの凄く真面目で優しくてユーモラスなところがあって。ついつい私が彼に甘えてぞんざいな態度を取っても嫌な顔をしたことがない。高校時代に付き合っていて不思議に感じていたのは、彼がご両親の方針に反抗する様子もなく、従順にその期待に沿って過ごしているように見えたことだった。そういうオトコを傍から見ていて彼の態度なり考え方は、当時の私には全く不思議に思えて仕方がなかったのであるが、ずっとその後彼の人生行路を眺めていると、ある時から実は一貫した立派な考えを持っている奴だったことに気が付かされた。その時以来私は当時の不明を恥ずることになったのだけれど、彼は本当に凄いオトコだと思っている。
その時の話題は、同窓会に出席しないエイイチの事だったのだけれど、〝うーん次回はオノと二人で少しプッシュしてみようかな。オノは今でも時々交流しているらしいから。どうやったら、アイツが同窓会に出てくるか作戦を練らないといけないな…….?“などと色々思案しようとしたのだけれど、既に私の中では心地よい酔いが体中を駆け巡っていて、頭は思うように働かず今にも気絶しそうだった。
「オノごめん、オイラもう限界…..」と言葉を発した直後に、私は深い眠りのなかにオチたのであった。
翌朝、気が付くと既に8:00前後になっていた。「さて今日の予定はどうするんだったけ?」と、前夜の数人との約束を思い出しながら、体を目覚めされるべくシャワーを浴びた。普段は深酒をした次の日はあまり朝食を取らないのだが、「コーヒーでも飲むかいな」と思い洗面と着替えを済ませて、部屋を出た。エレベーター前でオノの出くわしふたりで1階のレストランに行った。ビュッフェ形式のメニューの中から、自分としては珍しいのだけれど、何故か和食のものをチョイスした。
テラス側のテーブルに向かうと、そこにサトエとタカコが居た。ふたりとも薄曇りの柔らかな朝日を浴びてリラックスした雰囲気だった。「やあ、おはよう」と声をかけて私は隣のテーブルに座ったのだけれど、まだよそよそしく振る舞っている自分が気恥ずかしくなり、結局同じテーブルに座らせて貰った。
「なんだか、気恥ずかしいね」と彼女らに話すと、サトエが「マサキは人気あったじゃないのうw」とにっこりと笑ってくれて、タカコは優しく微笑み「うんうん」と頷いてくれていた。「そうなんだ」と応じ、隣り合ったタカコに「あの頃タカコさんも可愛かったよね」とポロっと言葉にすると、彼女は「へえ、マサキ、そう思ってくれていたんだ」と。
あのう、いい年こいたおっさんがこの行を書き記すなんぞ、バカバカしいと笑われるかもしれない。だけど、後年段々と「女性恐怖症w」が顕著になっていったオトコからすれば、こんなこともさらりと言えるようになったのは「女性恐怖症」完解の証なのですぞw この度このヒト達全員〝S.O.L親戚おねえちゃんリスト入り”させたからには、次回からはもっと色々駄弁れるはず、楽しみだあw
サトエ。このヒトには学生時代にあまり喋ったことがなかったけれど、本人には直接関係のないエピソードがあった。大学時代の終盤の頃に、イチロウが「サトエちゃんは、めっちゃ可愛いことに気が付いた」とぽろっと私に言ったことがあった。当時、イチロウと行動を共にすることが多く、彼との間の会話の中心は、音楽や文学やクルマや雑学めいたことなどで、どこか浮世離れした内容のことが多かった。だから、彼がそんなことをポロっと漏らしたのは私にとっては大変意外で、〝このオトコいつの間に色気づきやがったw“とそちらの方に気を取られてしまっていた。
後年、同窓会で彼女と会うようになって初めて、若い頃と変わらない若々しいその容姿と立ち振る舞いに彼女の〝可愛らしさ”があることに気が付いたのだった。なんと気が付くのに30年以上も遅れてしまい、我ながら自分の鈍感力に改めて気が付かされる想いだった。マサキ、キホンガナッテナイw カシワギとサトエ、良い夫婦です。そしてしみじみ思うよ、〝カシワギ、ホンマいい仕事してますw”と。
タカコ。当時私から見ると静かなヒトで、笑うと目じりが下がって可愛らしくどこかかしこそうな女の子だった。横に座った彼女を見ていると、今も当時と変わらない優しそうな笑顔を浮かべて、周囲の話をおだやかに聞いている。このヒトとも次回会う時はもっと駄弁ろうっと。
そのうちに、トウヤマやタカヒロがやって来て同じテーブルに座り、続いて背後の席にコウイチ夫婦がやって来きて、静かにあれこれとしゃべっていたのだけれど、なんだかその様子が、高校寮の食堂でみんなと駄弁っていた頃を思い出させるもので、とても懐かしい気分に浸れた。
松林に囲まれた高校寮での生活の中で、私は朝の時間が一番好きだった。特に初夏の山間のひんやりとした空気のなかで、カッコウや山鳩やうぐいすが鳴いていて、その中を半分寝ぼけた頭で、渡り廊下を下って食堂棟まで歩いて行った。渡り廊下で、周りの木々が柔らかい陽射しを浴びて静かに一斉に呼吸を始めたような・すこし湿り気のある爽やかな空気感を私はこよなく愛していたのだった。
名残は尽きなかったけれども、皆それぞれの現実生活に戻る準備は始めならず、最後にその場にいた数人と共にロビーで記念写真を撮影し、お互いに「またね」と言って三々五々分かれていった。
この度、幹事役のモトムラが用意してくれた仕掛けが絶妙で、我々に高校時代の生活を追体験させてくれるものになった。一人ひとり旧交を温め合って、お互いに心ゆくまで楽しめたのだと思う。私にとっては、青春というか人生のとばくちに彼らと出会って、人生の夏の終わりに再び彼らに出会い、己の中の記憶を改変させ、彼らとの間で新たな交流が始まりそうな予感を持てる・大変楽しくて有意義な体験だったように思えた。
最後にもう一度彼にお礼を言う。〝本当にモトムラいい仕事をしてくれてありがとねw”
(本編;おしまい)
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