2017年9月21日木曜日

乗りバカ日誌~イチ・マサ・タカの心の旅編①~


高校同窓会が開かれた翌朝、ふと気が付くと午前550分だった。

“しまった!寝坊したわい。”慌てて起きて、洗面しサイクルジャージに着替える。

急いで出立準備を始めたが、頭はぼやけ、両こめかみが痛む。サイクリング前日はアルコールを控えるように心がけていたが、昨晩はつい飲み過ぎた・二日酔いのようである。

それでも何とか出発準備が整い、当初予定していた通りに午前630分頃、イチロウと共にGiant MR4に跨り、鹿児島中央駅を出立できた。

しばらく鹿児島市街地の道路を走行する。鹿児島地方は台風一過の快晴で吹く風はひんやりとして誠に心地良かった。

ペダルを漕ぎながら、イチロウに「タカヒロ電話をくれと昨晩言ってたけど、大丈夫かな?遅くまで付き合っていたのだろうから睡眠あまり取れていないだろうし。バイクに乗るのは体力的にきついだろう。カシワギとの予定もあるだろうから、そっとしておいてあげた方が良くはないか?」と語りかけてみた。

イチロウ「それはね、電話連絡した挙げた方がタカヒロにとって良いんだよ。しない方が奴は悲しむと思うよ。起きれなかったらそれはそれで良いのだから」と応じた。

素直にイチロウの意見を取り入れて、午前7時過ぎにタカヒロに連絡入れようとスマホを取り出すと、タカヒロから入電歴があったw「もう出発したか?」と。奴は起きているw!急いで電話してみると、彼が云うには「帰宅したのは午前430分、2時間しか寝ていないけど、大丈夫だ。一緒に走れる。」とのこと。

これには驚いたw。タフネス・タカヒロ!事前に連絡を取り合った時に、「オレ、イチロウやマサキと走りたいんだよ」とは言ってくれてはいたが、本気でそう思っているんだ。“体調は大丈夫か?”と思いつつもやはり嬉しい。

待ち合わせ場所については、ナビゲーター役のイチロウ-タカヒロ間で調整してもらう事にして、タカヒロとのランデブーポイントを目指す。




鹿児島市街地から指宿方面に向かう産業道路を走り、とある自動車販売店前でタカヒロと合流。彼は、CORNAGOを携え、黒を基調としたサイクルジャージに身を包み我々を待っていてくれた。以前よりマラソン、最近ではトライアスロンに参加するなどトレーニングに余念のないタカヒロは、20代と変わらない引き締まった体型をしていた。彼は、これまでにバイクで長距離を走行した経験がないと言っていたが、その体形を見ると大丈夫だと思えた。懸念材料は寝不足による万全とは言えないコンディションか。

彼自慢のバイクを見せて貰った後、3人で出発。最初は、私とイチロウが交互にペースメーカーとなりながら、一路指宿山川港を目指した。

やがて道路は産業道路を過ぎて、指宿に向かう2車線の国道226号線に入る。次第に3人の脚が温まり走行ペースは安定してきた。道路は海岸沿いを走り左側の視界が開ける。穏やかな緑色の水面を映す錦江湾、その先に大隅半島の高い尾根、そして左斜め後方に噴煙を吐き続ける桜島が青く澄み切った空気を通して眺めることが出来た。誠に気持ちが良い。




それにしてもタカヒロは早い。トライアスロン・アスリートを舐めちゃあいかんでゴワス。何時ものごとくイチロウがペースを上げていくのをピッタリと後ろについて走行している。後で聞くと平均時速は35/hrをキープしていたらしい。私は、朝飯抜きと二日酔いによると思われるハンガーノックアウトに陥りつつあり、次第に二人から引き離されがちとなった。途中2か所小休止する間に、ゼリー状の栄養補給食、水分補給を行って、彼ら二人について行った。その後も順調に3人で走行を続け、国道沿いにある道の駅「いぶすき」にて中休憩を取る。今回のサイクリングでは、是非3人で桜島をバックに記念写真を撮りたいと思っていた。近くに居たカメラマン風の男性にお願いし、無事に収めることが出来た。ここにお示しできないは残念だけど、3人とも良い笑顔をしている。何時までも記憶に残りそうな記念ショットになった。

この休憩の間に、タカヒロに「体調は大丈夫か?」と尋ねると、彼は満面の笑みを浮かべて「ああ大丈夫だ。めちゃ楽しい」と答えた。私が、冗談のつもりで「じゃあ、このまま俺たちと錦江湾一周しちゃうか?」と問うと、彼は意外そうな表情を浮かべて「ああ、勿論行くよ」と答える。“ひえ~、凄いね。このお方は。”気力体力の塊のヒト、連日深酒・寝不足状態の筈なのに、彼の全精神・全身ダイナモ状態に本当にびっくりとすると同時に脱帽してしまった。そして愉快になった。

再び出発して、指宿山川港を目指す。3者で交互にペースメーカーになりながら快調に走行する。最後尾について二人の後ろ姿を見ていると、初めて訪れる土地でしかも学生時代を含めて3人でバイクを走らせるのはこの度が初めてなのに、既視感があり、不思議な感覚を抱いた。

イチロウにしてもタカヒロにしても若い頃からお世話になったな。イチロウは時に厳しく時に優しく至る所で随伴してくれて来たし、タカヒロはタカヒロで大きな包容力と、常に明るく前向きな行動を通して直接的にも間接的にも私に力を与えてくれてきた。人生においてこのような存在に出会えたことを幸せと呼ばずして何を幸せといおう。バイクツーリングにおける楽しみは、どんな道を走っていても前を向いて己自身の力で前進しつつも、同じ道を進む同伴者の様子を確認しその健闘を讃えながらも、彼ら健闘を再び己の力にフィードバックしていくところにあるのかもしれないーそれって人生の道程にも通じるところがある。

午前930分頃に指宿山川港に到着、ここまで走行距離50㎞。当初の計画では午前1015分発のフェリーに乗って対岸の鹿屋根占港まで渡海する予定であり、十分すぎる程順調に走行してきたことになる。

指宿山川港は、小さい入江にある漁港兼旅客港である。周囲に低い山に囲まれてその植生は南国風であり濃い緑が印象的である。港には、カツオ漁に使われる漁船が数隻係留されていたが、人影は少なく静かな気配であった。旅客埠頭の道向うに小さな雑貨兼土産物屋があり、独りの年配の女性が店を守っていた。フェリーが出航するまでの空いた時間を利用して、その店に立ち寄った。軒下には、カツオの珍味や地元のお菓子が並べられ、店内には日常雑貨が置いてあった。イチロウが「昨日の台風は如何でしたか?」などと年配の女性に話しかけて、その後はこの辺りの様子を尋ねている。このヒトこういう地元のヒトとの接触が旨いんだよね。

タカヒロや私は、店内を静かに眺めては目で楽しんだ。水分補給と糖分摂取のためにアイスクリームなどを購入してその店を辞した。

3人口々に「のんびりとした良い港だねえ」と感想を漏らす。本当に良いところだ。

港湾施設職員風の男性にフェリーの切符を買うように促されて、切符売り場で切符を無事に買い終えたところに、フェリーが着岸。自転車を押して、フェリーに乗り込む。甲板員のヒトに自転車をロープで固定して貰い、客室デッキに上がる。私たちは、客室内に入らず、室外のデッキにあるベンチに席を確保した。




1015分定刻にフェリーは出航。狭い入江を低速で進んだが、斜め前方にいけすを牽引する漁船が見えた。タカヒロに「あのいけすの中は、何を養殖しているの?」と尋ねると「あれはね、カンパチなんだ。目印の浮きの下はね、物凄く広くなってて多分深さでいうと10mくらいあるんじゃないかな」「昔学生の頃、潜水のバイトをしたことがあってね、いけすの中にもぐってさ、掃除なんかしていているとね、カンパチがそれこそ水族館みたいに目の前をうようよと泳いでね。それはおもしろかったなあ」と教えてくれた。

“ああ、よく鹿児島産のカンパチって出てるけど、これかあ。しかし、このヒトなんでもやってるんだな”とすっかり感心してしまった。

フェリーは次第に入江を離れて、錦江湾の外側を渡海し始めている。私たちの座っているデッキ側では、湾の入り口と外海が眺められた。




青い空から明るい陽射し(それは真夏のものよりもやや優しくなった光線)が海を照らしている。群青色の水面には小さく穏やかな波が立っていた。その波に陽光が乱反射して小さな光の粒が一面に輝いていた。右前方には高い山塊を形成する大隅半島とその尾根には巨大な風力発電機が数基見え、もっと右側をみると遥か遠くに種子島が見えた。しばらくすると、タカヒロが「マサキ、あのやや尖がった山が見えるだろ?あれが屋久島だよ」と教えてくれた。小さいけれどもどんぐりのような塊の山が遠景に見える。さらに、彼が「真後ろ見てごらんよ、開聞岳も綺麗に観えるよ。」私はおおと歓声を上げてデッキ後方に向かい、綺麗な円錐型の山を写真に撮った。




これは素晴らしい景色だ。来た甲斐があった。外気は暖かいが、体には涼しく優しい風が当たり、心身ともにリラックスし、目の前の景色を何時までも愛でていたい気分になった。3人とも次第に無口になって、目の前に広がる景色を眺めていたと思う。



ふと、私は昨夜の同窓会、そこに集まった面々のことを想い出していた。皆本当に良い顔をしてたな。多分夫々に、仕事や子育てなどの家庭のことでいつくかの山を乗り越えてきたのだと思う。お互いに50代を少し過ぎて子育てもひと段落過ぎたところか。人生の暦でいえば、目の前の光る景色のように晩夏から初秋に差し掛かってきた。これから老いに向けてゆっくりと進んで行くのだけれども、あの水面の光の粒のような青春のエネルギーの残滓が私たちの中にはしっかりと残っていて、それが人生を前に進めて行く燃料なのだと思う。そうすると、昨夜の面々のエネルギーはそうした残滓のなせる業だったのか……

そんな風に目の前の景色と自分たちの人生の季節を重ね合わせると、己のエンジンの中に多分に残るエネルギーを再発見出来たようで、体の内側に穏やかで充実した気持ちが広がっていくのが分かった。この旅で、旧友と再会し、己を再確認出来たような気がする。

フェリーは私たちを乗せて静かに両半島の海峡を進んで行った。次第に大隅半島の山々が視界を覆うようになってきた、海岸縁をみると、先ほど見たのと同じ生け簀がいくつも浮かんでいて、その生け簀のひとつに漁船が係留し作業をしている漁師の姿が見えた。その風景に、若かりし頃のタカヒロが真っ黒に日焼けして潜水する姿が目に浮かび、何とも言えぬ愛おしいような懐かしいような気持ちになった。今回のサイクリングで視界の中に入ってきたどの人工物よりも人間の生の営みが感じられ、何とも愛おしく感じられた。今回サイクリングは進むにつれてやけに人恋しさが内側に募っていくようだった。

フェリーは、50分の静かな航海を経て、南大隅町根占港に到着。私たちはバイクに跨り桜島を目指して北上を開始した。大隅半島側は、対岸の街と比べると田舎の風情であったが、蘇鉄やハイビスカスなどが道路端に生えていて南国の趣を更に強くしていた。陽射しは昼前に差し掛かり更に強く辺りを強く輝かせていた。

私がペースメーカー役となり、後方にタカヒロ、イチロウが続いた。しばらく走行していると、後方でタカヒロが「陽射しがきつくなってきたなあ。まだ真夏って感じだ~」などと陽気な声色で私やイチロウに伝えて来た。

「真夏かあw!」先ほどの私のうちに広がる心情と、タカヒロの内なる心情の差異がこの辺りに出ているようで、おかしみを感じた。

“そうだよ、タカヒロ。俺たちは、いつまでも真夏のような心根を持ってこれからも人生を楽しんで行こうやw”



つづく

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