週末夕方で、混雑が予想された市街地を避け、宇品から広島高速~草津道路~一般道~山陽高速五日市インターへ進路を進め、山陽道~広島道~中国道に入る頃には走行車両は驚くほど少なくなり、浜田道に入ると進路方向にも対向車線にも全くクルマを見かけることが少なくなった。気持ちよくクルマは目的地に向かって進んだ。
その晩は、会場となる大田市の隣にある江津市内のビジネスホテルに投宿することになっていて、車内の中ではその晩何を食べるかという話題になっていた。イチロウ曰く「マサキに何喰わせてやろうか?有名な焼き肉店があるみたいだけどな。それから、有名な酒屋が週末ワインバーを開いているみたいだけど、これは第4週の土曜日か….。残念だけど、まあ覗いてみるか。それから、やっぱり山陰と云えば、のどぐろを喰わねばなるまい。ああ、腹減ったな」。
彼にしては、饒舌に愉快そうに隣で喋っている。普段は寡黙なイチロウが日常の緊張から離れたせいか機嫌が良く、車中で問わず語りで彼の家族の近況なども話してくれた。
私もハンドルを握りながら、「こういう高速道路を作るヒトって偉いよなあ」などとおバカな事を言いながら、機嫌よく応じていた。仕事や家族の諸々の懸案から解放されて心からリラックスし始めていた。そう云えば、Gilberto’s(自転車と音楽の仲間の集まり)として出動するのは、2015年3月の琵琶湖以来だった。
前日は、you tubeにupされたコース紹介を見て、己のコンディション(この半年間まともにバイクに乗っていない)とコース設定のハードさ間の乖離に緊張を覚えてあまり眠れなかったのだが、ここまで来たら四の五の考えずに今晩は恒例の前夜祭を楽しむしかないだろうと開き直った心境でもあった。
浜田ジャンクションから山陰道に入り江津インターで国道9号に降りた。暫く東に進み、江津駅直前で、海岸側の径に入った。左手に工場の巨大な煙突の灯火点滅が見える。江津という街は、江の川の河口付近に出来た街で古来中国山地からの荷物や日本海からの物資の集積地として栄えた街だったようであるが、今では左手に見える工業地の門前町みたいになっているのかしらと想像した。
その径を約100m程度進むと、右手国道側にその日に投宿するビジネスホテルが見えた。午後8時頃目的地に到着。ホテル・エントランス前に車を停車させて、自転車と荷物をロビーに置かせてもらう。玄関横には、何と黄色いランボルギーニが駐車してあった。県外ナンバーであったので宿泊客のもののようであるが、ややその場と不釣り合いなようで、ちょっとしたおかしみを感じた(この表現は、ホテルと江津の方々に失礼だったか。御免なさい。)クルマ好きのイチロウに「念のために写メしとけよ」と声をかけると、「じゃ、一丁そうしておこうか」と応じた。
私は、そのランボルギーニの向かい合わせに古いホンダ車を見つけ、妙に懐かしさと急激に高まる旅情を覚えたので一枚写メさせてもらった。
フロントの担当者に指定の駐車場を聴いてクルマを移動させた後、正式にチェックインする。フロア担当の方が、意外にも若くて美人な女性だったので内心驚き、更にはその女性が「明日のサイクリング大会に参加されるのですね。頑張って下さいね。」と優しい笑顔で応接してくれるので、感動してしまった。
“このヒトが典型的な島根美人なんだ。島根美人は笑顔がステキで優しいんだな。”と早くも己の偏見全開にして感動してしまっている。
「オジサン、若い女の子にその理由は何であれ優しくされると弱いんだよな~。今回の旅、良い出会いがありそうで、大いに楽しめそうw」等と独り盛り上がる。
エレベーターで上階に上がり、夫々の部屋に入り旅装を解く。イチロウによると、このホテルは開業して2年程度とまだ新しく、シングルの部屋もコンパクトな作りながら、清潔で各種のネットなどのラインが設置されていて使い勝手が良さそうであった。十分である。気持ちよく休めそうだ。
一息ついて、再びイチロウと合流して、ホテル付近を散策しながら1次会の食事処を探す。イチロウ曰く「江津と云えば、共栄焼きが有名みたいなんだけどな。だけど、今日はそういう気分じゃないだろう?マサキ。のどぐろ食わせてやりたいなあ。さて、どこで喰えそうか・・・?」
ホテルは、江津駅前を東西に走る国道9号線の海側に沿って幅大体50mlくらいの細長い区画の中にあり、その区画の海側には埋立地に開発された工場と新開地が広がっている様子であった。ホテル付近の界隈に居酒屋やカラオケ・スタンドなどの飲み屋があった。ホテルを出て、目と鼻の先の国道までの通りに面白そうな居酒屋が2-3軒あったが、いずれの店も何故か20代前後らしき若いヒト達が通りまで出て飲食するほどの賑わいであったので驚いてしまった。
時間の都合で食事処を探すことはひとまず置いて、イチロウが事前に情報を得ていた国道沿いにあるワインショップをまずは訪問することにした。
「ESPOA たびら」さん(http://espoa-tabira.jp/#)。私は全く調べずにその店に赴いたのであったけれど、オーナーさんがワインを直接現地で買い付けをして、お店で輸入販売されている、地方で頑張っていらっしゃるショップのようなのである。その夜は、若い店員さんが店番をしていていた。
イチロウが「折角来たのだから、何か買って帰れよ」というものだから、何か一本を探すだが、私は呑むのは好きだけれどあまり銘柄を覚えることもしないので、当てがない。仕方がないので店員さんに「酸味がそれほど強くなくミネラル感のある白ワインを選んでほしい」と依頼しフランス産の「L. ARJOLLE 2015」なるものを選んでもらう。値段も手頃な価格だったので、それを一本購入した。それから当夜の2次会用にと「石見地ビール」を2種類1本ずつ購入し、辞去した。
その「ESPOA たびら」を出て再び食事処を探すべく、ホテルまでの径を戻り、ホテルにチェックインする前に見かけた海側の径にある、「焼き鳥、おでん、魚料理」の暖簾がかかったお店に入る(店の名前を失念してしまった)。
年配のご夫婦とその息子・兄さんで経営している居酒屋さんのようで、カウンター席に通された。カウンター越しの厨房からは勢いよく焼き物の煙が上がり、カウンター席後ろの座敷からは地元客の賑やかな笑い声が聞こえている。とてもローカルな雰囲気があってイチロウも私も気に入った。
イチロウが黒板の品書きから「のどぐろ」を見つけて、ニンマリ笑顔で注文したが、「生憎品切れです」と女将さんが申し訳なさそうに返事される。イチロウ忽ちがっかりした様子となり、それでも気を取り直して「じゃあ生ビール二つと、アジと○○(聴き落とした)の刺身下さい」と注文した。
ビールが運ばれてきて乾杯をお互いに交換した後、おでん3品、カレイの塩焼きを夫々に追加注文をした。
イチロウ「のどぐろ食えなくて残念だなあ。マサキに食わせてやりたかった。明日大会が終わった後、どこかで喰って帰るか?」などと言っている。私は、「のどぐろ」を食べたことがなく、甘鯛と完璧に混同していた。その事を話すと、イチロウに大いに笑われたのであるが、どちらも瀬戸内では獲れず私には両方の魚は山陰産のものとして認識していた程度で、あまり馴染みがないものだから、イチロウの悔しがり方を却っておかしく見えた。
「のどぐろ」は逃したものの、出されたアジの刺身、カレイの塩焼きは誠に美味しく大変大満足であった。カウンター越しの壁に掛けられたテレビがNHKの「トットチャンネル」を映し出していた。
黒柳徹子さんのデビュー当時の様子を昭和の雰囲気たっぷりに表現されたバラエティードラマらしいのだが、チラチラ見ていると、このお店やそしてこの街全体の雰囲気とそのテレビ番組の意図する“昭和懐かし”コンセプトがリンクしているようでとても懐かしく感じられたのであった。到着してほんの1時間しか経っていないのだけれど、私にはそして多分イチロウもこの街の雰囲気が好ましく感じられたようであった。
このお店のお兄さんも女将さんも応接が丁寧で優しく、とても良いお店であった。“島根のヒトって良いヒト達だなあ”。
食事に大満足してそのお店を辞しホテルに戻ろうと十数m歩いたところで、さっきの居酒屋に荷物を置き忘れたことに気づき振り返ったところで、暗がりの中をお店のお兄さんが走ってくるのが分かった。「お客さん忘れ物」と荒い息を抑えて声かけてくれる。私は大変恐縮して、礼を言ってその荷物を受け取った。
やっぱり島根のヒトは良いヒト達だ。江津が益々に気に入り出した。
再びホテルに向かって歩き始めると、イチロウが「なんか物足りねえな。もうちょっと明日の大会に備えて炭水化物を取っておきたいな。ほらここに来る前の国道沿いラーメン屋があったろう、ラーメン喰っとこ」「それから2次会と明日の大会に備えての買い出しに、コンビニに行く必要もあるな」など言い出した。
このオトコ、普段は小食なのに旅先になるとどうも食欲全開になるヒトで可笑しい。私などはどちらかと云えば旅先では食えなくなる、もとい呑んでしまうのでどちらかというと食べることが二の次になるのであるが、この食い気における差異が両者の旅先での元気さ具合の違いになって出てくるのだけれど、大した考察にはなりそうにないのでこの話はこれ以上展開させない。
ホテルに戻り、ワインショップで買った酒類を部屋において、フロントで近くのコンビニの場所を聴いて再び外出する。オジサン的には残念ながら、先ほどの若い女性のレセプショニストは居なくて男性フロントマンが親切に応接してくれたのだけれど、それはそれでまあ良いかw。ホテルから最も近いコンビニまで徒歩15分程度のこと。ちょっと遠い気もしたが、街を散策するには丁度良いかとイチロウと話す。
イチロウと国道9号線に沿って西方向に歩く。午後9時を過ぎた国道は通る車も少なく、そして街灯もあまりなく暗い。所々に居酒屋チェーン店、カラオケスナックの看板あり。江津駅の出口、駅前駐車場辺りには人影はなく、駐車待機しているタクシーも数台程度。誠に静かな佇まいである。狭い平地に国道とJRが走っていて、暫く歩くと国道が高架になって線路と交差していた。その高架橋は交差点にもなっていて横断歩道を渡ると高架の下を走る線路を見下ろすことが出来た。街灯の灯りでうすぼんやりと前方に線路が走っているのが見える。
“電車が走ってくれば良いものを”と思ってみたりしてもやってくる気配もなし。だけれど、暗闇の中の街灯の薄明りのなかでぼんやりと浮かび上がって見える線路の雰囲気もなかなか風情があって旅情を感じさせてくれる。全くのファンタジーだけれど、Gilberto’sの面々が夫々に若くて何も責任のない年頃であれば、ここで自転車合宿をして騒ぐのも楽しいだろうに。
そんな他愛もない話をイチロウとしながら、その交差点を左に折れて高架橋を下り海側の新開地に出来ている市民センター、市立総合病院の区画にある立派な作りのコンビニに入る。翌日の朝飯、スポーツドリンク、栄養補助食品(早い話がウィダインゼリー、カロリーメイトの類)、2次会用のアルコール少々(とちょっとぼかして表現w)おつまみ類などを購入する。
コンビニを出ると再びイチロウが「なんか炭水化物摂ろう。さっきラーメン屋があっただろう。」と再び炭水化物摂取を欲し始める。「じゃあ俺はビールと餃子で付き合うか。」と如何にも仕方なくという表情を作り応じるが、翌日に大会が控えているにもかかわらず、己のアルコールに対するブレーキがいつの間にか取れていることを恥じつつも、一方でイチロウが炭水化物摂取にこだわる余りに私のアルコール摂取に対するチェックが甘くなっていることに内心可笑しみを感じる。
トボトボ高架橋を上ってラーメン屋に接近してみると、丁度最後の客が出たところを見かけて、更に店に近づくとその入り口ドアには「準備中」の札がぶら下がっているのが分かった。イチロウが「どうも今日は食いっぱぐれているなあ」と、のどぐろとラーメンを逃した恨みをぼやくが、ないものはないのだ。時刻にして10時ちょっと前、“夜が早いこと、ないものはないという潔さが島根の魅力じゃないか”と早くも江津・石見地方偏愛主義者となりつつある私には思えた。
店を離れふと東側を見ると、国道沿いに「モスバーガー」の看板がある。俄か炭水化物偏愛主義者と化したイチロウが「しょうがない、モスバーガーでも食ったるか!」と自らを慰め、トボトボと移動を開始した。
モスバーガーの店内に入ると、全く驚いたことに明らかに高校生の運動部員らしき男女が大勢集まって賑やかにしている。“江津のティーンエイジャーは夜な夜なハンバーガーショップに集まるのか、知らんかったあ。夜遅くまで部活してすきっ腹抱えてここにやってくるのか。そうかそうか。でも、もう10時近くだろう?早くお帰り…..。”そう思えど、顔にも口にも出さず、ただただその賑やかさに圧倒されて、オジサンたちがこの店に入ったのが完全な場違いだったと反省する。イチロウと夫々に注文してテイクアウトする。
街のメイン道路にはクルマも人影もほとんどなく薄暗い街並を楽しめていたのだが、ホテルの近くの居酒屋やこのハンバーガーショップに夫々に若者がたむろしているところがあって、現在のこの街の成り立ちを知らない者にとってはちょっと不思議な街のようにも思えた。
ホテルに戻り、私の部屋で2次会を開く。イチロウと二人で、これまでにGilberto’sで参加した琵琶湖ロングライド、しまなみ国際サイクリング大会の思い出話となった。
「いずれも本当に楽しかった。何といっても前夜祭がやっぱり盛り上がって外せないよな」などとイチロウが云う。
本当にそうだった。皆オジサン世代になってそれなりに何らかの責任を持つ年頃になった者同士が、素の青年気分に戻って夫々のペースでひと時の邂逅を楽しんでいる。体育会系とはちょっと違うけれど、ほど良い按配の連帯感があるチームカラーで良い集まりだと思う。
午前0時を過ぎたところで2次会をお開きにして就寝とした。その夜はイチロウも私も、これまでのGilberto’s遠征の中でも最もリラックスして前夜を過ごしていたように思える。そして、イチロウは私に対して何時にも増して気遣ってくれていたようだった。
誠に心優しき江津の夜だった。私は、前日の寝不足とほど良い酔いが回ったおかげで、その後しばらくして安眠の世界に落ちたのだった。
(つづく)
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