2016年4月21日木曜日

「初めての床屋コワイよう・・・・」のこと


その日曜日の朝は前日からの土砂降りの雨が残り、何時もの時間帯に目が覚めた時は窓外から雨音が聴こえて、予想通りな事だと安心して少し寝過ごした。8時過ぎに気が付くと、窓外はピーカン照りになっていて、「しまったわい」と慌てて布団を蹴飛ばしてリビングに下りた。

 慌てて飛び起きたものの、天気予報からその日の午前中は雨模様なのだろうと見込んで特に予定を立てずにいたものだから、さて何をしたものかとモタモタとしてしまった。本当であれば、普段利用しているユニセックスの美容院に予約を入れたかったのであるが、何時の頃からか第3週は休業日になっているらしく(これは後に知ったのであるが、美容院業界全体の取り決めみたい)、その日の散髪は諦めていた。

 3月頃から、己の髪の伸び具合が気になっていたのであるが、なかなか時間が取れず、散髪が出来ないことに軽く愚痴めいて家内に話すと、「そんな薄毛に散髪代を払うのは勿体ない。見た目はそんなに変わらないのだから、まだ切らなくて良いよ」などとスルーされる始末。

 全くもって失礼な話なのだが、散髪代が勿体ないというのであれば「じゃあ私が切ってあげる」とでも言えば可愛いものを、どうして中年になったオンナというものはこうも可愛げがなくなるのか・・・と愚痴っても始まらない。

 ただ、4月に入って会うヒト会うヒトにわが頭に視線を持って行かれて「マサキさん、髪の毛鬱陶しそうですね。」と言われてしまっていては、世間から言外に「髪の毛切れよ、みっともないよ」とサインが送られているわけで、いくら“薄毛”でも綺麗に整える必要が出て来たということである。

 その日は予定が何もなかったので、美容院業界が相手にしてくれないのであれば、理容院業界に頼んでみようと思い立ち、自宅周辺の理容院をネットで調べ、時々買い物で使うスーパーの近くに「ヘアサロン○○」なる店舗を発見。幸いな事にその日も営業しているようだったので、早速予約の電話を入れてみる。

 

プルルル~(電話発信音)

(やや、甲高い・無表情な男性の声で)「ハイ。ホニャララです。」

“どうも、聞き取りにくい・・・”

 
一瞬間違って一般のお宅に電話をかけてしまったかと不安になったが、フリーダイヤルだから、間違いにせよ何処かの店舗か事業所に繋がっている筈であると気を取り直して、要件を切り出してみる。

「あのう、初めてなのですが、今日散髪の予約取れますか?」

 

(一呼吸間が空いて)

「ハイ、4時から開いています。」

“やや、ホッとして”「じゃあ、お願いします。マサキと言います」

「ハイ。」(ガチャ)

 “あれ、もう切ったか。どうもテンポの合わないオッサンだなあ。まあ口数の少ない床屋さんも悪くないから、まあ良いか、取りあえず行ってみるべ”

 3か月ぶりに散髪できるかと思うと、その分心が軽くなり、外の景色に視線を移せば春の陽光が辺りを輝かせているのを知ると俄然やる気が出て来た。

 “よし、午後4時まで庭の掃除に励むか!”

 

午前11時から午後3時過ぎまで水分補給以外は昼飯抜きで、雑草抜き・一部芝の張り替え、肥料撒きなどに精を出した。“本当に気持ちよろし。ああ、往く春を惜しむ・・・だよなあ”等と能天気な事を想いつつ、快晴の昼下がりを堪能したのであった。



午後3時過ぎに庭仕事を終わらせ、ほど良く汗をかいた体を綺麗にするべくシャワーを浴び、さっぱりとしたところで、朝予約を入れた床屋に向かう。時々利用するスーパーの駐車スペースにクルマを置かせてもらって(用事が済んだら、買い物により帳尻を合わせた)、徒歩で件の床屋に向かう。スーパーから30mlくらい、3階建ての住宅が数軒立ち並んだ筋の四つ角に、やはり3階建ての1階フロアを利用した店舗があった。床屋のクルクルサインが店の前に立っているほかは、派手な装飾はない落ち着いた店構えで、濃いブラウンの木調のドアを開けると左手に受け付けコーナー右手に大人3人程度が座れるソファが置かれた待合スペース、そしてその奥に3台の大きな鏡が並べられ、その正面には夫々豪華な黒革作りの座席が設えた理容スペースがあった。

理容室から、男性店主が近づてきて、私を一瞥すると受け付けカウンターの方へ招いた。身長170cmくらい、頭髪は軽いウエーブの掛かった73分けで、白のカッターシャツに黒のパンツの恰好をしている。カウンターを挟んで向かい合うと銀縁の眼鏡に切れ長の目をしている、お互い初めてのせいかもしれないが表情が硬く目が笑っていない。

 「こちらに御署名下さい」と一枚の一覧表を渡される。云われるがままに氏名を記載。

“私の前に、5人の名前があるってことは、そうかほぼ1時間に1名の割合で予約をとっているんだな”

 店内には店主以外の従業員はいないから、一人で店の切り盛りをしている様子。

 続いて真ん中の席に通されて、白いシーツ上の掛布を付けられて私の眼鏡を預けた後、店主が「どうしましょう?」と短く問うてきた。

 通いなれたところだと、担当のヒトに「任せます」と云えばおしまいで楽チンなんだけどな、初めての処だと一々説明しないといけないのが面倒なんだよな。左後ろに剥げがあるから隠してねとか、両サイド・後ろが髪が少ないからバリカンは入れないでねとか”

私が、「えっと、前髪は眉に掛からない程度、横は耳を出してください。後ろは、バランスが取れるくらいに短くしてください」と注文すると、その店主「ハイ、ナチュラルに仕上げたら良いですね?」と応じた。

 “ナ、ナチュラル・・・・。それってどういう意味なんだろう?”しばらく返答に詰まるが、「そうですね」と曖昧に返事する。

 続いて店主が「顔剃はどうしますか?なければ3000円で、顔剃りも入れたら4000円となります」と説明する。私としては、折角理容院に来たのだから顔剃りもしてもらっておこうと思い、「顔剃りもお願いします」と伝えると、店主「はい」とのみ応じる。

 その店主、方針が決まると潔くというかためらいなくバサバサの髪の毛を切り始めた。そこそこ腕は良いみたいで一安心する。

 この店主まったく寡黙な方で、世間話やこちらがこの店に来た理由について尋ねてくる風もなく、こちらとしては居心地が悪かった。思わず私から「時々利用するそこのスーパーの帰りにこのお店を見つけまして」と語りかけると、店主「ええ、そういうお客さん結構おられます」の一言。なんだか話が広げて行くことが出来ず、その後も話を続けることが出来なかった。

 “それにしてもこのお店、調度や壁下半分はダークブラウンの木調で統一されて、壁の上半分は漆喰調の白壁で、観葉植物は置いてあるし、室内には静かにバロック音楽が流れていて落ち着いた雰囲気なんだけど、何か物足りない。なんなのだろうなあ、そう落ち着いているというよりは、一寸硬質感あるいは冷たい感じがあり、何だかちょっと落ち着けない不思議な感じ”“どうもこの寡黙な店主とこの部屋の雰囲気がシンクロしているんだろうな”などぼんやりと想っていた。私は、極度の近眼なものだから、鏡越しに見える店主の表情はぼやけていて表情は全く読めないでいた。

 やがて散髪を始めてから約25分程度で大体の工程を終えたようで、店主が後ろ側の仕上がり具合を確認するために開き鏡を持って来て「こんな感じです」と見せた。私は「良いです」と了解の返事をする。

 

ここから何故か知らないが、椅子を45度程度斜めに回転させ後ろにリクライニングを倒された。顔剃りのために、蒸しタオルを下顎と口周りに被せられたのだが、鼻孔も塞がれてしまい息苦しかった。
 
しばらくして、眉周り、頬骨上から顔剃りが始まった。

 “顔剃りされるの久しぶり。たまには良いものだなあ・・・・”

 

以前行きつけだった理容院の店主さんが体調不良を理由に店を閉じられてから10年ぐらい経ったか。店主夫婦で店を営んでおられて、店主がカット、奥さんが顔剃りを分担されていた。中学生のころか40歳手前まで20年以上、2か月に1度のペースで通っていたのだが、店主の世間話を聴きながら、時に居眠りをしながら、カット~顔剃りを受けている間はホッとリラックスが出来る至福の時間だったな。

 
次にモミあげ部分から下顎の部分に顔剃りが移った。

剃り刃を当てて、ジャリ、ツー、ツーと下顎に刃を滑らせる。

“フムフム”
 
続いて、下顎から頤(オトガイ)に向かって刃をツ、ツ、ツ~~と滑らせて・・・・、“うん? ツ~がちょと一息長くないかい?”

 
文字にすると、“ツ、ツ、ツ~~”のところを“ツ、ツ、ツ~~~”と一息長いよ。それじゃあ、ホレホレ口唇までノンストップで来たら危ないでないの・・・・。あ、ほら唇に当たった、切るよう・・・。

 どうもこの店主の刃の当て方は、私が思い描くよりも一呼吸長くて、その後の首から下顎骨までの剃毛も躊躇いなく一気に刃を滑らせていくものだから、受け手の私は緊張のあまり脇汗が滲む状態となってしまっていた。

 
“どうも以前利用した理容院の奥さんのテンポが身体に染みついているのか。首から下顎辺りは、こまめに優しく刃を当ててくれていたのになあ。ニキビが出ている頃には「青春の証よね」等と言いながら丁寧にニキビを避けながら剃ってくれていたし、中年に差しかかり髭が濃くなった頃には、二度三度も蒸しタオルを当ててくれて肌が傷まないように配慮してくれてたっけ・・・・・”

 

何とか(あくまでの受け手側に生じる)緊張の顔剃り時間が過ぎて、今度は仕上げの洗髪になった。一度リクライニングを起こされた後、クルリと180度回転し再び寝かされて、鏡台前に設えられたシンクに頭を乗せられた。

 シャンプーを頭髪に付けられて洗髪が始まったが、途中から頭部のマッサージが始まった。

“い、痛ってえ~”店主が両手で力強く頭皮を揉んでいる。

 “最初は気が付かなかったけれど、このヒト何か格闘技してるわ。どうもさっきから醸し出す他者を寄せ付けない雰囲気とこの握力、絶対このヒト武術をしているに違いない・・・・・”

 一通り頭皮をしごかれた後、再びクルリと椅子を180度回されて元の位置へ。もうこちらはヘトヘト状態。最後にドライヤーで頭髪を乾かす段になって、鏡越しに店主の様子を窺うと、ぼんやりとながら前腕の筋肉の盛り上がり、白いシャツの下の胸から両肩にかけての筋肉の盛り上がりが見て取れた。何故か両肘を90度近くまで上げてドライヤーとブラシを動かしている・・・・。

 

“むむむ~”

 
全ての作業工程を終わって、眼鏡を返してもらい、散髪の仕上がり具合を確認しながら、店主の表情を見る。“細い目が笑っていない・・・・”

 “いやあ、参りました”“それにちょっと同調出来ない間合いは・・・、そういう傾向の 御方だったのか。ああ、だから最初から感じるこのお店全体の雰囲気もそういうことだったのか”

そう勝手に独りで納得して、税込み4000円をお支払いすごすごとそのお店を引き上げたのであった。

 店主の腕は悪くない、仕上がり具合はも納得。でも、あの顔剃りのテンポに馴れるには、10年くらい通わないと無理かな。通ってみると、案外店主とも打解けて緊張感を持たずに済むかも。でも10年もあのテンポの顔剃りと最後の頭皮のしごきにこの軟弱なオイラが耐えられるか・・・・・。さて次回どうしようかな?
 
 自宅に戻り、家内に散髪の仕上がりを見せると、奴め満面の笑みで「ああ、まだまだハゲてないね。50にしてその髪の量だったら大丈夫だわ」と何時かの己の言動は忘れた風で、ええ加減な感想を漏らしたのだった。 

 
(おしまい)

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