2016年4月18日月曜日

イチロウ行状記~オッサンの青春篇~


その日の昼休み、空は快晴で少し眩しいくらいの陽光が辺りに射して気温も上がり、薄手の長袖シャツで歩くと大変気持ちの良い日和となっていた。

 

「いやあ、それって面白い話だよな。でもSが羨ましいなあ。あの年頃だと、何やっても楽しいんだろう。毎日があたらしいチャレンジでさあ。俺たちもそうだったかな。」

 イチロウが、居室の事務椅子に持たれながら、額や首回りから流れ出る汗を拭きながら快活な笑みを浮かべて満足そうに笑っている。マサキがSの話をすると、そのような反応を示してきた。マサキには、イチロウが快活な笑みを浮かべていることについて、Sの話に対する反応だけではないことを十分すぎるくらいに察していた。

 

イチロウは、昼休みの小一時間を使って職場周辺で自転車を漕いで帰ってきたところだった。体から流れ出る汗を拭き仕事着に着替えて再び椅子に腰かけて一息付いたところで、今度は彼からさも愉快そうに語り始めた。

 


「いやあ、それにしてもマウンテンバイクは最高だぞ。マサキ。」「あそこ(職場近く)の激坂があるだろう?あそこもわけなく上れちゃうんだよ。あの急勾配をだぞ。逆にその坂を下るにも無理なく降りて来られた。無茶苦茶バランスがいいんだわ、これが。」「その後な、しばらく海岸べりを走っていくと、ブルドーザーで山の斜面を削ったところがあってダートコースの坂みたいになっているんだが、その土の斜面もスイスイと上がれてなあ。轍の凸凹もなんのその。」「いやあ、全くマウンテンバイクは面白いぞ。ああ、段々俺もトレイル・ランしたくなっちゃったなあ」「ロードバイクだとドコマデモ走れそうな気がしたが、マウンテンバイクだとドコデモ走れる気がするよ」「本当に面白いぞ・・・・・・・」

 

この辺りまで、イチロウ問わず語りで一気に喋っていた。マサキは、「ふむふむ」と相槌を打ってイチロウの語りを聴いていたが、その反応にイチロウが不服だったようで、本題を切り出してきた。

 「さっきから冷めた反応して今心のドアを閉ざしているだろう?」「あのなあ、何時までも子どもの褌でブログ書いてばかりいないで、次は俺とマウンテンバイクしようぜ。それをブログのネタにしな。」

 “はい、来なすった。そう来るんじゃないかと思った・・・・・”

 マサキは半ば予測していたので、ニヤニヤしながらも抵抗する。「あのねえ、今お金的にゆとりないの。今金欠状態なわけ。俺誘うより先にジロウを誘えよ。ジロウの方が、ノリが良いじゃんか。あんたが誘ったら、直ぐに反応すると思うぞ」と。

イチロウ「ジロウも良いけどさあ、俺はマーちゃんと乗りたいの。二人でトレイル・ランしたら楽しいだろうなあ。マーちゃん、やっちゃおうぜ。一度やったらマーちゃんも嵌るぞ~w」「何ならネットでマウンテンバイク見繕ってやろうか?、予算いくらぐらいだ・・・・?」

 


このオトコ、こちらが金欠状態だと訴えているのに全くヒトの話聴いていないw。全くもって、“極楽とんぼ”と若い頃から自称してきたが、この頃はどうもその性向に拍車がかかってきたか。こういうのを加齢に伴う性格先鋭化というらしいけど、幸せな先鋭化だよな。

 

それとも、どうも春が来ても一向に気勢が上がらぬマサキを眺めていて、マサキのやる気を引き出そうとしているイチロウなりの心遣いなのか・・・・・・。そう思うとあまりつれない反応も申し訳ないような気がしてくるマサキであった。

 “いかんいかん、イチロウの術中に嵌ってはいけんぞ。今後の展開が目に見える”

 イチロウの誘いに乗って、マウンテンバイクを始めるとする。数か月後にトレイル・ランの大会に出てみようぜという話になる。そうこうして2年くらい経つと大体イチロウの中でのマウンテンバイクのブームは終わる。そうなると次に「マサキ、そろそろリカンベント・バイクで長距離走行してみようぜ」という話を奴は持ちだすに決まっている。

 現代の消費社会に対して鋭い批判の目を持っていながら、こと自転車になると(消費)乗り倒してしまおうとするイチロウの性向に思わず笑みを浮かべてしまうマサキであった。

 


“ここは忍の一字で、イチロウからの猛チャージを回避していくしかないわな”と心に誓うマサキであった。ただ一方で、次々と楽しみを見つけながら独りで夢中になっていくイチロウの中の青春的情熱が眩しく映っていたのも事実であった。
 
(終わり)

 

 

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