2015年4月5日日曜日

春の宵に、独りカツカレーを喰らうの事


春雷を/ 聴きつつ喰らう/ カツカレー/ 鳰の海辺に/ 散る花想いて

 

先日、仕事の合間に若い同僚と雑談していた折に、先月びわイチのサイクリング大会に出たことを話した際、つい調子に乗ってCoCo壱番屋滋賀県限定メニューの「鹿カツカレー」を食べた話をしてしまった。話している間に、鹿カツの味わいが口腔内に蘇って来てw、何ともあの味わいが忘れられず、そうするとカツカレーが無性に食べたくなった。

 本日仕事の都合で夕食を実家で摂ることになったので、(豚)カツカレーを作って食べることにした。

 まずはカレーを作る。

 カレー好きの男性諸氏ならば、夫々にその作り方にこだわりがあるのだろうと思う。あるヒトは、香辛料の調合から始められる方もいるだろう。またあるヒトは、隠し味に、トマトを入れる、ワインを入れる、いやいやヨーグルトを入れる等々、夫々にこだわりや工夫があるのだろうと思う。学生時代にある後輩などは、「牛筋やそのほか野菜を煮込み、そのスープを使って、別にソテーしたロース肉とすりおろした野菜を軽く煮込み、自らスパイスを調合したものを加えて、ヨーグルトを入れて仕上げにチャツネを入れて作ります」と自慢している奴もいたなあ。

 ボクの場合、そういうこだわり一切なしw。使うルーは市販のもので、それも「ハウスバーモントカレー・甘口」。その他追加する隠し味も香辛料も一切なしw。辛いモノ苦手なのであります。出来たら、これに更にリンゴをすりおろしたものを加えても良いくらい。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 1)まずは、わりと大きめの鍋に水を半分くらい入れて、乾燥ローレル葉っぱ2枚と固形コンソメスープを一片入れて沸かす。

 2)その間に、シチュー用の牛肉こま切れを更に半口サイズに切って、塩コショウを振りかけておく。フライパンにサラダ油大さじ2杯程度入れて、みじん切りにしたニンニクを焦げないように軽く炒めたところに肉を入れて軽く炒める。肉に焦げ目が付いたところへ1)の鍋に投入。

 3)玉ねぎを一個半分、薄く千切りし、それをサラダ油大さじ2杯程度投入したフライパンに入れて、焦げないように気を付けながらきつね色になるまで炒める。きつね色になるまで中火で炒めたらそれを先ほどの鍋に投入。


 










“そうそう、こうすると玉ねぎの甘みが出て良いんだよな”と思ったところで、そもそも論を想い出した。

20代半ば頃に世間では、タイ料理などのエスニック料理がブームだった。その頃は、人並みにそれらの料理に興味があり、ある女の子(うちのカミさんだったかどうかちょっと記憶にないw)とタイ料理屋さんに出向いたことがあった。迷わず、世界3大スープと云われるトムヤムクンを注文し、期待に胸を膨らませながら待っていたのであるが、実際に出されたものを口にした途端、“しまった”と思ったw。

辛いのに酸っぱいw、おまけにパクチーのへんてこりんな匂い!その時つくづく思いました、“世の中に食えないものがあっても良い”と。

 そう思った瞬間から味覚の保守化・退行現象が始まって、辛いモノは苦手になり、珍しいものは食べられなくなった。今ではイチロウから“お口の王子様”と笑われるようになっている。

 
ああ、“お口の王子様”で思い出したのだけれど、そう云えば、子どもが幼児の頃、いまでもあるのかしら「カレーの王子様」というメーカーは思い出せないであるが、そんな幼児用のカレールウが売り出されていて、よく子どもと食べましたw。それ以来、甘口カレールウを好むようになったのであったなw。


 









4)さて、お鍋の中のものは引き続きコトコトと煮込んでいる間に、ニンジンを一本と、ジャガイモ(北海道産の新じゃがらいしい)2個をそれぞれに皮をむいて、一口サイズに切り、鍋の中に最初に人参を投入し、10分遅れでジャガイモを投入。ジャガイモを入れてから15分ほど煮込む。



 
 
 
 
 
 
 
 
5)そして15分後に、ハウス・バーモント・カレー・甘口を適量(今回は3/ 4箱分)入れて出来上がり。

  先日、msnのニュースを見ていたら、現在中国でこのハウス・バーモント・カレーが良く売れているのだとか。メーカーが、パイロット店舗作り、中国のヒトの好みを調査したうえで同国市場に投入、日本のものより黄色味が強く同国のヒト好みにアレンジしているだとか。西城秀樹が「ハウスバーモントカレーだよう」と歌いながらコマーシャルに出ていた時代よりのロングセラーの上に、今では海外にも進出しているなんて、全く偉い商品だと思うw。

 

さて、カレーが出来上がったところで、トンカツの制作に取り掛かる。

 
6)豚のステーキ用肉を取り出して、夫々の両面に軽く塩コショウしたうえで、包丁の背で肉を叩き、更に木べらで押し付けるようにして引き延ばす。


7)衣は、ボクの場合、全卵と牛乳100mlと適量の薄力粉をボウルの中に入れて良くかき混ぜる。その中に、豚肉を投入し、衣つけ第一工程とする。





8)バットの中にパン粉を適量入れて、衣つけ第一工程を経た肉片をその中に入れる。パン粉はしっかりと付くように、肉にパン粉を手のひらで押し付ける。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
  7)と8)の工程で、やや厚めの衣が付くことになるのだけれど、カレーと一緒に食べる場合はこの方が却って美味しく思える。でも、これは好き好きかw。

 








9)フライパンにやや多めのサラダ油を入れて、フライパンが熱したところで衣付豚肉を投入。揚げずに焼いちゃう。その方が、時々しか料理をしない者にとって、後の油の処理が楽だし、カツをフライパンで焼くと焼きムラが出来て美しくはないが、結構おいしいですぞ。ただし、中火でじっくりと焼くことが必要。今日は、78分かけて焼きました。


  さて、この工程でハプニング発生。突然台所に入ってきて、「俺も喰っても良いか」という奴がいる。カツは1枚焼いて、残りの2枚は冷凍保存にしようと思っていたので、そちらは十分にゆとりがあるのであったが、生憎ごはんが一人分しか残っていない。“仕方ない”と諦めて、まずは喰いたいオトコに先に食わせて、もう1合を炊くことにする。

 


残りゴハンをよそい、焼き上がったトンカツを一口サイズに切ってゴハンの上に乗っけ、そしてカレーを入れて、その野郎に振る舞う。奴め、「おお、これは旨い!」とお世辞もあろうが、バクバクと食べている。そうでしょ、出来合いのトンカツじゃないのだもの。それにハウス・バーモント・カレーはどう作ったってそれなりの味にはなるけんねw。

 

そんなこんなをしていると、戸外で雨脚が強まり、暫くの間雷鳴が轟いていた。

 “ああ、春の宵の雷鳴かな……。これで桜も散ってしまうのだなあ。”と思っていたら、ふと「四方より花吹き入れて鳰の海/ 芭蕉」の句が思い出された。そして無理矢理ひねり出したのが、冒頭の短歌もどきw。

 
おお、我ながら綺麗にまとまりました”と独り満足に浸り、気分良くなるw。

 


 
 
 
 
 
 
 
 結局ゴハン一合が炊き上がるのを45分間待って、独りで戸外の雷鳴を聴きつつ、びわ湖に散る桜の花びらを思いながら、カツカレーを喰ったというお話。大変美味しゅうございましたw。
 
 

2015年4月1日水曜日

桜が咲いて

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職場玄関横のソメイヨシノ










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ご近所の山の中腹にあるお寺の桜が満開。ピンク色が濃い







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岡山市西川緑道公園の桜









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広島市安佐南区界隈の緑道公園の桜
 20150331
同上








20150401

職場の桜が満開に







何時の間にか、桜が各所で満開となっている。どうもこれから先の数日は、雨天など天候が怪しくなりそうなので、私が生活している界隈の桜を楽しめるのも残りわずかなのかもしれない。相変わらず忙しく咲いて散っていく桜。あまり個人的には好きだとは思えないが、この年度替わりのせわしない心情にぴったりとしているかも知れぬと思い直している。

往く春を楽しもうではないか...........w。




2015年3月26日木曜日

季節は、また一回転し………..。

本日は、beautiful day の形容が相応しい一日である。空気はまだ肌寒さを感じるが、暖かい春の陽光に辺りが輝き、空は青く澄み渡っていた。

 


気が付いてみれば、3月も下旬に差し掛かり本格的な春を迎えていて、blogを書き始めて2年経った。

 

この1年間は、仕事においても私生活においてもその前の年に比べて大変忙しかった。思うようにならないことも多く、不機嫌な心もちで過ごすことも多かったように思える。自然とblogに対してもそれまでと比べると力が入らず、気分転換にとblogの場所を変えた。書く場所を変えて、より日記的で自己開示的な内容になってしまったのだが、偶然に訪れる方にも、定期的に読まされる方にも、これらの悪文は読み辛かっただろうなと思う。

 限られた普段交流のある方に読んでもらう事を前提に、ごく私的なことをこのblogで書き綴っていくつもりが、不用意にメジャーな名詞を入れたタイトルを付けると、アクセス数(ページビューイング)が増えてしまい、頭の中で知人の顔を並べてみても、それ以上の方が訪れたことがあり、恥ずかしく内心慌ててしまったことが幾度かあった。特に「びわ一2015」というタイトルを付けたものの中には、今日現在で31回をカウントしたものもあり、その文章のあまりの貧弱さを思うと、誠に困り果てしまった。

 すこし後知恵がついて、今後はタイトルに用いる名詞は、あまりポピュラーでないものしようと思った。

 Blogを公開していて不特定の方が訪れるのは当たり前なのだけれど、書く私にしてみれば書きたい特定の対象がある訳でもなく、またそれらの対象についての情報が最新のものでもない。或は、日々起こっている事象や現在の社会情勢について意見をしたいわけでもない。意図的にその真逆の取るに足らないことをダラダラと駄弁りたいだけで、それを私の周囲の知人に「また、マサキがくだらない事を書いている」と笑ってもらいたいというのが主たる動機であるので、偶然にもこの駄文に目を通しておられる方がいたら、あるオッサンが独り交換日記ごっこをして遊んでいると思っていただけたら有難いと思っている。

 この1年間は、びわ湖一周ロングライド2014に始まり、同ロングライド2015で終わったような気がする。その間私の個人的なビッグイベントは、Gilberto’sの面々と交流したことが主軸となっていて、その間はそのイベントに向けて独りで地理・文化的なことや音楽的な事を取り上げて遊んでいたような気がする。

最初に仕事・プライベート生活において忙しかったと述べたが、ストレスに押しつぶされることなく過ごせたのは、彼らに遊んでもらったおかげであり、そうやって心の平衡を保てていたのだなとつくづくと思える。

 びわ―2015が終わった後、気候が不安定のせいか或は生活上のフラストレーションのせいか、暫く落ち着いた気分で過ごせないでいたのであるが、今日のような明るい陽光の日差しを浴びていると、不機嫌な心もちを明るい気持ちへ切り替えるように促されているような、自然の力を感じた。

 ふと職場の敷地内にあるケーブルに、一羽の燕が止まり乱れた羽毛の毛繕いをしているのが目に留まり、そして遠くからウグイスの鳴き声が聴こえて来た。


 

考えてみれば、生まれてから季節が49回転し、40代最後の春が訪れた。また静かに新しい季節が始まろうとしている。そして、その季節の流れが、私の背中をそっと押してくれそうな気がする。

“歩を前に進めるのであれば、穏やかで前向きな心もちでこのまま進んで行くべし”と独り想ったりした。


(追記)
遅ればせながら、スマホをi-phoneに買い替えました。綺麗な写真が撮れるのが誠に嬉しい限りw。

 

2015年3月25日水曜日

びわ湖一周ロングライド2015 ④ ~ゴール編~

3エイドステーションを午後130分過ぎに4人揃って出発。私は、昼ご飯をしっかりと摂取できたことや少し長めの休息が取れたことがあり、自覚的には随分と疲労が回復したように思えた。再び、自分たちよりもゆっくりとしたペースで走行しているグループを追い越しながら、湖岸道路を北上。やがて見覚えのある地域(昨年近江八幡で遊び行き来した)に差し掛かる。

 
ちょっとした丘を越える部分で、集団のペースが遅くなり、イチロウがジロウと接触し、危うく転倒しガードレールを乗り越えて斜面を転落しそうになるアクシデントがあったが、彼の咄嗟の機転で大事故に至らず済む。その後、再び平坦な道を進み、近江八幡市付近の長命川を渡ったところで、湖岸道路から左折してより湖岸のupdownに富んだの県道25号線に入った。

 
大会参加者からみると、長距離を走ってきたところで最後の難所となり、昨年のイチロウ・ジロウの経験ではこの区間で大いに消耗したとのことであった。ここから先は、自分のペースをキープして走ることした。本格的に山道に差し掛かる手前で、他の3人がすこしペースダウンしてくれたので追いつくことが出来たのであるが、ジロウに私の方から「自分のペースで走るので先行してほしい」旨伝えた。

 
丁度、私と同じペースで走っている御揃いのジャージを来たグループを幸運にも発見し、そのヒト達にペースメーカーになってもらったおかげで、大失速を来すことなくこのなだらかな上り下りの田舎道を進むことが出来た。このエリアは、湖に臨む山の斜面に沿って左右に曲がりながら緩やかなupdownが続くのであるが、ひとつの上り下りをこなしてほっとしたところに入江があって、そこに下りていくと再び勾配の少しきつめの登り坂がやってくる。峠を越えてホッとしたところに、再び登り坂となり、危うくじけそうになるが、そこもペースメーカーになってもらっている先ほどグループのヒト達と無理のないペースで乗り越えることが出来た。

 
この最後の難所の部分を乗り越えると再び湖岸道路に差し掛かるのだが、その手前で先行していたヤマグチ青年を発見。その後ろ姿を見て、オジサン、ちょっと嬉しくなり追いかける。先ほどの昼飯により疲労回復したこともあり、脚の痙攣はまったく起こらずw。やがてヤマグチ青年に追いつくと、ふたりでゆっくりとしたペースで先行する他のグループを時々追い越しながら、最後の第4エイドステーションを目指す。大変平坦な道のりで、左手には干拓で開墾されたであろう広々とした農耕地が広がっていた。

 
“この湖東から湖北にかけての伸びやかな風景も優しくて気持ちいいものだ”と思う心のゆとりもあった。

 
場所の名前は忘れたのだが、彦根市市街地に入る手前の道路沿いパーキングスペースに設けられた第4エイドステーションに到達。先に到着したイチロウ・ジロウと合流。大会オフィシャルの通過チェックを受けた後、ジロウ推奨の近江牛コロッケを貰う。

 
このコロッケ、確かに旨かった。またまた元気が蘇ったw。ここに1枚のジロウが撮ってくれた写真あり、疲労困憊のオッサンがコロッケ持ってトボトボ歩いている。お恥ずかしいのだが、このくたびれ具合もびわ一初参戦の良い想いでの一コマとして、ここに掲載しておこうと思うw。


 
短めの休息を取った後、四たび、四人揃って出発。イチロウ、「ここから先は、マサキの得意な平坦道路がゴールまで続くぞ、どうだw?」という。

 
“そうね、ここまで3人に引っ張ってきたもらったものなあ、最後に行けるところまでGilberto’sのペースメーカーを一丁やってみるかw”と決意。私が先頭で出発することにした。

 
4エイドステーションからゴールまでは、イチロウが予告したように平坦な道のりで、少々退屈なコースでひたすら湖岸道路を進んだ。彦根から長浜までの交通量も多くなっていた。自動車の往来を気にしながら、車列が切れたのを後方確認しながら、他のゆっくりとしたペースのグループを追い越していった。

 
後ろの方で、イチロウが「マサキが、アタックしたいらしいぞ」と笑っている。

 
その後、私なりに34回ほどのアタックを繰り返していた。自称“コロッケ走りw”をゴール後にイチロウが「凄かったなあ、コロッケの力だなあ」とねぎらいを込めて笑っていた。

 
彦根市市街地を通り過ぎる頃に、私が4回目のアタックをかけたのを合図にイチロウ、ジロウ、続いてヤマグチ青年が猛然とアタックをかけてそれまでの縦に伸びていた集団を一気に引き離しにかかった。続いて23人の他のサイクリストが後を追いかけて行ったが、私には追撃する力が残っていなかった、敢無く引き離される。湖岸道路から再び左折し、岸辺の舗装の荒れた径に入り、路面から強い衝撃を受けたところで、推進力を更に失った。

 
その後は、ひたすらゴールを自分のペースで目指す。両下肢の痙攣は起こさなかったが、お尻の痛みはピークに達し、両肩痛、両下肢の疲労は如何ともしがたかった。満身創痍・疲労困憊状態で左前方に見え始めたゴール付近の建物を目標に我慢の走り。そして、湖岸道路からゴール会場に左折し、最後はトボトボと、そして、ゆっくりとゴールw!

 
ゴールには若い女性のアナウンスで参加者一人ひとりを讃え、多くの大会スタッフが手を振って私たちのゴールを祝福してくださった。素直に感動w! 広場までそのまま走行し、一画にある自転車止めにバイクを吊るした後、暫く広場を歩くと、ベンチで先にゴールをした3人が待っていた。イチロウが「ラストスパートの最後の最後になって、ジロウに抜かれた、悔しいw!」と笑い、ジロウも「前半抑え気味に走ったのが良かった」等、満面の笑みで応えていた。タフネス兄弟w!


 
一休みした後、記念写真の列に並び、ステージ上で4人揃って肩を組んでポーズ。写真を見ると、皆良い笑顔している。

 

その後、昨晩泊まったホテルに戻り、皆で大浴場に入り全身に溜まった疲れを癒す。その日は終日肌寒く、ゴール後はすっかりと冷え切った身体であったが、四肢の疲れを癒すのには、この熱いお風呂は誠に心地よかった。

 

イチロウと二人で湯船につかりながら、この度のロングランを振り返った。イチロウは「本当に良かったな、4人で走れて愉しかったじゃないか」と言ってくれる。その時私は、「ああ、そうだなあ」としか応じることが出来なかった。

 
「楽しかったか………? ハードでしたw。他の3人に随分迷惑かけたなあ。でも、落車・交通事故もなく、身体的にもバイク的にもトラブルなく完走出来て良かった。」と思った。その時は“楽しかった”というよりも“無事に乗り切ったという安堵感”の方が実感として強かったように思う。

 
もう少し時間があれば、四人で打ち上げの飯を食べて解散したかったのであったが、生憎電車の時間が迫っていて、取りあえずレンタカーに4人乗り込み、関東組を米原駅まで送り届け、午後6時過ぎに解散となった。彼らはそのまま輪行で新幹線に乗り東京へ、我々広島組は京都までクルマで移動し、レンタカーを返却することになった。

 
今回のびわ湖一周ロングライドも昨年に続き、前日に大失態(前日のジャージ忘れ)をやらかしてw、本番もやっとの想いで3人に引っ張ってもらうということになり、我ながら恥ずかしいやら情けないやらwの遠征になってしまった。もう偉そうなことは言えないようなあ、帰路の新幹線の中でそんな事を思ったりした。

 
ただ、びわ一2015が終わってから日常に戻り、ふとした時にあの時のことを時々思い出してみるに、ヒトの記憶とはいい加減なもので、時間が経つにつれて、苦しさよりも良かった感情体験や映像的記憶しか思い出せなくなっているw。 

 

早朝に、湖北地方に向かうステージで露に濡れた路面の上をキリリと冷えた空気を切りながら走行したこと(ふと振り返ると、ジロウが猛然とスパートをかけて、風切音を立ててながら追い越して行ったシーン)。湖北から湖西地方に向かう田舎道で、独りで眺めた琵琶湖の静けさ、湖西地方の旧街道沿いの古い街並、びわ湖を囲む山々の峰に光る残雪。自転車でしか味わえないような近江地方の風情を一日で堪能できた。そして、各所で他の3人が私をペースダウンしながら待っていてくれた後ろ姿など:ここはちょっと感傷的に述べてしまったけれど、日常の雑事・年齢を忘れて童心のように無我夢中になれて本当に楽しかったと思う。風景もGilberto’sのメンバーとの交流も己の体力との会話も、どれも忘れがたいものになったとしみじみと思う。



 
初めての100㎞越えどころか140㎞越えを走破したのだけれど、また独りでこの距離を走れと言われたら、ちょっと躊躇してしまうだろうなw。やはりチームで参加したからこそ、140㎞以上の道のりを完走出来たのだと思う。

 
“本当にもう充分にびわ一を堪能しました、ご馳走様でしたw。”

 
もう充分に堪能した、やりつくした感があるのだが……….w、また来年誘われたらどうしようかw?

 

そうだった、まだGilbeto’sのなかで私一人「よか楼」のサバそうめんを食べられていなかったのだったw。サバそうめんを喰わずして、近江からの撤退はないわな。

 

そうだ、来年はサバそうめん制覇目的で、再度びわ―に参加しようw!

 
最後に、Gilberto’s(コウスケもツイッターで参加してくれたw)の面々に感謝を。そして素晴らしい大会運営・サポートをしてくださった大会関係者に感謝申し上げます。来年もどうか宜しく……….w

 

~おわり~