2015年7月7日火曜日

惚れた者の弱みでして.......番外編その2


ポチオの愛機ipod classic(愛称タマちゃん)の復旧が困難となり、デジタル機器に今一つ明るくないポチオとポチベエが二人して暫しあれこれと考えて出した結論は、「取りあえず、appleの公認サポートプロバイダに持って行き相談してみる」と云うものだった。

 
至極まっとうな結論となったが、ポチオはこの手のサービスというかデジタル機器を取り扱うお店の独特の雰囲気:デジタル機器に弱い、従って専門用語を使えないユーザーに対する店員の態度(明らかにそういうユーザーに対する上から目線)を危惧していた。

 
その日の夕方、ポチオは仕事を早めに切り上げて、そのアップル公認サポートプロバイダなるQG社の支店が入っている電気量販店を目指した。

 
ポチオの気分は、次第に「遂にこの愛機ともお別れか?」という惜別の想いで盛り上がっていた。Twitterで「7年(ここポチオの計算違いw)連れ添ったipod classicが終に壊れる。思うところあり、独り蚊帳の中で泣く」と呟く。“独り蚊帳の中で泣く”とは思わず出たフレーズで、全く大げさであったのだが、出た言葉が更に己の気分に影響し、その気分をメランコリー状態にさせた。

 
店頭でタマちゃんを見つけて、愚妻に断りを言って購入し独りニンマリとしたなあ。その後は、次々と所蔵していたCDを取り込み、更には愚息と興味のある新しいクラシックCDをポチってはせっせと聴いていた。プレイヤーであると同時に持っている音楽ソフトの貯蔵にもなってい、本当に重宝したものだった。

 
そんなことを思い返しながら、電気量販店に向かっていたのであったが、先の呟きに「私も最初のipodが壊れ時は、淋しかった…….」「献杯……。」などと他の方々からリツイートされると、ポチオの気分は、更にメランコリー自家中毒状態となり、まるで愛猫を失った作家先生のごとくの気分となるのだった。;“あ! この事blogに書いちゃおうw”とポチオからマサキに意識が戻り、そんな邪な考えが湧いてきたw。

 


ポチオが市内中心部にある家電量販店にあるQJ社に辿り着いたのは、「本日の修理受け継時間の午後730分まで」の15分前だった。

 

受け付けの男性が愛想良く、「i-phoneの修理ですか?」と問う。ポチオは思わず「スミマセン、ipodなんです」と応答してしまう。“そうか主力商品は、i-phoneなんだよねえ”。瞬時にそんな現実を知ると、最初から気が引けてしまっていた。

 
しばらく待つこと数分、タブレット端末専用のコーナーに案内される。応対してくれた担当者は、30代前後であろう若い男性。
 
 

 

「今日は、どうされました」と問うので、ポチオはやや緊張気味に、「i-pod classicが壊れてしまって、液晶画面にバッテンマークが出て、あの駐禁マークみたいなやつ。それで、アップルのサポートサイトで調べて指示通りの事をしたのですが、どうも復旧しないんです……。」

 担当の若い男性、早くも「は?」という怪訝な表情を浮かべている。「まあ観てみましょう。ここのパソコンにつないでみますね。」、そして「ここのパソコンでは、対処できないので、奥のパソコンで起動を試みましょう。中のデータは全部消去されますが、宜しいですか?」

 
「ええ、どうぞどうぞ。治るのであればデータくらい問題ないです。是非お願いします。」気おくれしてしまっているポチオは、つい馬鹿丁寧な態度となる。その男性更に怪訝な表情を浮かべ、その後は事務的な態度となる。そして、「では少々お時間をいただきますが、今しばらくお待ちください。」とつい立ての裏側に行ってしまった。

 
“何をされるのか分からないが、治ってくれるものならば待ちますともw”、ポチオはまるで犬猫病院に飼い猫を預けた時のような心持で暫く待つ。それにしても長かった、待つこと30分。再びその男性がカウンターまでタマちゃんを持って帰ってきた。

 
「やっぱり駄目ですねえ。パソコンでは再起動できませんでした。ついては、修理工場に送ります。本体を交換することになります。ええっと……。」その担当者が、マニュアルのようなファイルを取り出して価格を調べている。「i-pod classic160GBのタイプの本体交換は、15,000円になりますね。如何されますか?」

 
ポチオ、「うむ、ええそれでお願いします。」“買い替えるより、断然安いし。そのぐらいの値段で事が済むのであれば、安い。後でポチベエに報告しなくちゃ”

 
その担当者が云うには、 所要期間は1週間以内、早くで3-4日で仕上がるとのこと。それからもう一点気になることを彼に尋ねてみた。それは、“何時頃までipod classicのサポートが受けられるだろうか?”ということだった。

 
彼曰く「ハッキリとしたことは言えないが」と前置きし、“後もう1-2年くらいではないだろうか?次期新製品が発売されたら、その時点でサポートを終了する可能性が高いだろう”とのことであった。

 
このQG社の対応マナーはすこぶる良かった。ポチオ/マサキのようなデジタル機器に疎いオッサンに対しても、丁寧な応対であった。ここに付記しておこうw

 
そのお店を離れてから、早速ポチベエ/ イチロウにmessengerにて報告する。早速彼から返信あり。「良かったね。但し、本体交換って何を意味してるんだ?ハードディスクの交換か?ちゃんとそこを探っておくようにね。ただただ、マサキの騒動記を読む羽目になるのは御免だぜ。ちゃんとそこは科学的事実を調べておけよ」だと。

 
“とほほ、機械に疎いオイラになんというリクエストw。折角、愛猫を失った作家気分でblogを書こうと思っているのにさw。わかりました、引き取る時にちゃんと聴いておきますw。”

 
それにしても、買い替えにならなくて良かった。あの担当者のいうところによれば、日曜日には手元に返りそうだった。独りJobim祭りも長い間隔を経ずして再開できそうであった。ipodの修理を待つ間に、新たにポチッたCD等も手元に届きそうだ。その間は、前回i-tuneに取り入れたjobimの曲を聴き直しても良いしね…….

 
この度のi-pod classic故障アクシデントでは、思わぬ出費を強いられることになったものの、短い期間で最小の犠牲でリカバリー出来ることになり、ポチオはホッと胸を撫で下ろしたのであった。

 
後日、土曜日夕方に修理が終わったのとの連絡が入り、翌日日曜日夕方にQJ社に引き取りに行った。別の若い女性が担当してくれたのだが、ポチベエからのリクエストを果たすべく、ポチオが恐る恐るその担当者に本体交換の意味するところを尋ねてみた。

 その女性にっこりと笑顔でいうには、「ええ、中身全部です。製造シリアル番号も変わりました」とのこと。ポチオ「ハードディスクも、メモリも全部ですか?」。「そうですね(笑)」

 
 

ということは、ボクの手にしているのは、頭脳も性格も入れ替わったもの?タマちゃんとは全く別人格のニュー・タマちゃんになってしまったのか。人造人間?フランケンシュタイン? ポチオは自分の例えで更に混乱していたのであったが、早い話がほぼ新製品に近くなったということになったみたいだった。

 

帰宅後、夕餉時に家族には何も告げず、独りワインを開けてタマちゃんの快気祝い~これは間違っていた~ではなくて、ニュー・タマちゃんのウエルカムパーティーをした。機械に疎いポチオは、未だに頭の中の整理がつかないでいたが、何となくこのニュー・タマちゃんと歩むこれからの人生の成り行き、それは恐らく次はないだろうという、このニュータマちゃんの限られた将来と己の後半人生と重ね合わせて、しみじみとした中にも何か穏やかで暖かい陽だまりのようなものを想像してみるのであった。
 
 
 
終わり

 

2015年7月3日金曜日

惚れたものの弱みでして......(番外編)その1




その名前はタマちゃん。身長1035㎜、横幅61.8㎜、厚さ10.5㎜、体重140g、つや消しのブラックのボディー、大きなマナコに、まん丸としたお腹の持ち主で、主のポチオに引き取られて早や5年と数か月の月日が経った。

 
ポチオがタマちゃんを店頭で見つけた時には既に新しい品種の物が出回っていて、このタマちゃんの寸胴なボディーとその狭い芸風は、既に時代遅れの感があった。それでもポチオにとって魅力的に思えたのは、芸の単純性による飼いならしやすさとその大食い(160GB)であった。ポチオが、タマちゃんを引き取る時にまず真っ先に思い浮かべたのは「さて何曲食わせてやろうか?」ということであった。

 その後、このタマちゃんは、主・ポチオのいう事をよく聴き次々と美味しい曲をその腹に収めてくれて、ポチオの望む時に望むがままに美声を披露してくれた。腹に収めた曲は約8000曲、クラシックからジャズ、ブラジル音楽、ロック、ニューエイジ、フォークソング、等々。

 ポチオの発作的なお祭り騒ぎ;Haydon 交響曲祭り、モーツァルト・コンチェルト祭り、Penguin Café orchestra祭り、Gilberto 祭り、Elis Regina祭りにLuiz Eca祭り…….などの際には、無茶な要求に耐えて沢山喰らっては、その度に美しく歌っていた。

 またポチオの行くところ、枕元から職場まで、或いは、遠くは、びわ湖、富山、日本アルプス、東京、果ては札幌まで大人しくお供してついていき、ご主人様を昼夜問わず慰めていたものだった。

 ポチオにとってタマちゃんは、楽しくも逞しい良き相棒であったのだが、唯一の欠点があって、ポチオが自由に歌わせてやると、最初の内は程よく色々なジャンルからピックアップして良い歌声を聴かせてくれるのだが、そのうちにタマのほうでも手抜きをするみたいで、アーティストを変えて同じ曲を延々と続けたり、同じ交響曲の中から楽章の順番を変えて歌いだすなど、聴く側にとっては誠に居心地の悪い歌い方をしたものだった。ポチオも最初は腹を立てて、「仕方ない。歌う曲を具体的に決めてやる」とランダムを解除し、具体的なアルバム名を指定してやっていたのであるが、次第にこのタマちゃんの手抜きぶり・ええ加減さがどこか己の性格に似ていることに気づき、彼としてはタマちゃんのことをより一層愛おしく感じるのであった。

 そんな楽しくも愉快なポチオとタマちゃんの蜜月時代が5年と数か月続いたある日のことだった。数日前より、ポチオは「この梅雨時を爽やかに過ごすには、久しぶりにジョビンを聴き直すのも良いな。おっ、独りジョビン祭りw!」と相変わらずも能天気な妄想に浸り、その妄想がひと段落ついたところで、早速ネット通販サイト、i-tune storeを物色しながら、気になるアルバムを見つけ出してはポチるという行動を取っていた。そして、数枚のアルバムを手に入れて、誠に個人的な感想を好き勝手にブログにつづり、独り悦に浸り自己満足を覚えるという何時もの遊びをしていた。

blogを書いた翌日、ポチオはそれらのアルバムを聴き返しながら、その他にポチ漏れがないか、wikipediaに載っていたA.C.Jobimdiscographyとタマちゃんの腹に収めたアルバムタイトルを見比べながら、まだタマちゃんの中に収まっていないものを見つけて、更にポチるという行動を取っていた。

 「何やっているんだ、ちょっと大人しくなったと思ったら、こそこそと…….w。ちょっと静かにしていると思えばポチってやがるなw」。隣のオトコがニヤニヤしながらポチオのデスクの背後に廻ってきた。

 ポチオ、「えへへ、まあblogを書く必要経費って思ってよw。それにしてもさっきから気になっているのだけど、この“Miucha & Tom”と“Miucha Antonio Carlos Jobim”って違うアルバムのなのか?制作年が違って記載されているなあ。ボクの持っているipodに入っている同じタイトルのアルバム曲が、二つのアルバムに収録されているものの中の一部みたいなんだよな。」。

 そのオトコ、「どれどれ、俺のipodで確かめてみるか。うーん、やっぱり2枚のアルバムがあるなあ。そういう事みたいだな。」。

 ポチオ、「そうなのか、チクショウ。買いなおさないといけないなw。じゃあ仕方ないポチるか……。」

 そのオトコ「またポチリやがった。本当にマサキはポチり野郎だなw。」

 ポチオ「イチロウだって、なんで今まで2枚あることを教えなかったんだよ。黙って独りぽちってたくせによw。このむっつりポチべえめw」

 てな具合に、オトコ二人のいつものおバカな会話が繰り広げられている最中の事だった。

 ポチオ「あれ、俺のi-pod動かなくなったなあ。ありゃりゃ、このタマちゃんのマナコに浮かんだグレーのアップルマーク、嫌な予感……..。うわー、もうダメ。×マーク・駐禁マークが出て来たよ。」

 


「あ、これはどうしたんだろう。ちょっと待てよ。」二人して、夫々にパソコンを開きアップル公式サイトのサポート欄を開き、i-podのトラブルシューティング方法を探す。すぐにこのような不具合の場合の対処法を見つけ出した。

 

“何々。まずはi-podをコンピュータから外して、次に上メニュー・ボタンと真ん中の選択ボタンを同時に押す、そうしたらアップルマークが出て、そしてアップルマークが出たら、選択ボタンと下の実行ボタンを同時に押す”

 

「なるほど、ということか。」 早速指示通りに操作してみたが、やはりタマちゃんのマナコには×マークが出てきて起動せず。よく聴くと内部から「ウイーン、ウイーン」とノイズが聴こえて来た。

 ポチオ「これは困ったなあ。タマちゃんのお腹を押してもさすっても、意識が回復しなくなってしまったよ。ああ、タマちゃんあんなに良い子で可愛かったのになあ」

 ポチベエ「これは困ったなあ。どうするべ。俺もi-pod classicを愛用しているから、他人事じゃあないもんなあ。もう生産中止しているから、サポート状況はどうなっているのかねえ。もうやってないのかな。」

 ポチオ「(ネット通販を見ながら)買い替えるにしたって、このサイトでは160GBで、56,000円の値段がついてるじゃん。ええ、困ったなあ。」

 ポチベエ「それもついでにポチるのかw?」

 ポチオ「ポチるにはちょっと金額がデカすぎるし…….。うーむ……..。」

 i-pod classicの復旧が出来ない状態になってしまった。折角の盛り上がっていた独りジョビン祭りを続けられないばかりか、これからもどんどん音楽を食べて貰って、生活の一部になっている音楽ライフを大いにタマちゃんと楽しもうと思っていたのに。
 
どうするんだ、ポチオ!

 

(つづく)

2015年7月2日木曜日

惚れた者の弱みでして………w

前回、このblogで記したように、梅雨後半の長雨に備えるという事で、ネット通販でポチッたCDのうち4枚ほど手元に届く。



 

 
 
 
 
 
 
 まずは、「Sara Vaughan/ Brazilian Romance with Milton Nascimento」。

期待に違わず快調な演奏でw、80年代のブラジルテイストのヒュージョンしている。Arranged by Dori Caymmiproduced by Sergio Mendes 楽曲は主にNascimentoが提供しているとの事であり、米国ジャズボーカルの重鎮をブラジル音楽の錚々たるメンツが迎えて作ったのであろうことは十分に察せられる。そういう事だろうと思うw。

 
Tom E Edu Edu E Tom

1981年制作。エド・ロボとの共作。ボクはエド・ロボというヒトの作品をそれほど沢山は聴いたことがない。多分良いアルバム作品に巡り合っていないからだろうと思う(また、何時かイチロウ・ジロウに教えていただこう)。全編を通じて、ダンディーな声のエド・ロボと塩辛い声のジョビンの歌声が聴かれる、とても平和的でリラックスした世界。仕事がひと段落した後ぼんやりと聴いていたらとても幸福な気持ちなれた。ジョビンと共演したミュージシャンは沢山いて、そのうちの何枚かを聴いたことになるのだけれど、どのアルバムも、とてもリラックスした雰囲気の仕上がりになっていて、共演者の幸福感がこちらで聴いている者にも伝わってくる。ジョビンの音楽的世界観のなせる業がひとつ、個人的に存じ上げている訳ではないが、ジョビンの人柄によるものか・・・・・。良い感じのアルバムである。

 
Love, Strings and Jobim

 1966年制作。ジョビン、マーコス・ヴァリ、ジルベルトなどの作品をエミール・デオタードが編曲し作成されたものらしい。Warner Bros. Mastersとジャケットに刻印されているからレコード会社が前面に出て企画したのかしら。どの曲にも聞き覚えがあり。90年代に発売されていたオムニバス盤にこのアルバムから切り取られて収録されたものを当時聴いていたようだ。このアルバムで全曲を通して聴いてみて再発見したことがあって、それは「エミール・デオタードの編曲力って凄い」っていう事だった。オムニバス盤で、他の作品と(ランダムに)並べられると、これらの曲の魅力が全く分からなかっただけでなく、どこか古ぼけて野暮ったく感じられていたものだった。そして、これまで聴いてきたジョビン作品におけるオーケストレーションものでは、クラウス・オガーマンの編曲作品が個人的には大好きで、その洗練された響きをこよなく愛でてい、デオダードのアレンジ作品(Tideなど)はオガーマン編曲作品と比べるとどちらかと云えば見劣りして凡庸のように気がしていた(これはあくまでも個人的な偏見です)。

 ところがこの度このアルバムを通して聴いてみると、実はもの凄くカッコ良かったことに今更ながら気が付いた。ラテンリズムが強調されていてよりブラジル的だし、ストリングスアレンジもエスニック的要素を上手く表現出来ていて冴えている。ところ何処に入る木管のソロも良いスパイスとなっていて大変印象的であった。

特に#6 Berimbauは良く出来ている。これまでこのブラジルの土着的な楽想がどちらかと云えば苦手で、どの演奏もアレンジの仕方も個人的にはしっくりと伝わって来ず、これまで誰が演奏したものでも敬遠しがちだった。このアルバムにおける彼の編曲では、この曲の土着的要素が上手に表現されていて、その魅力が十分に昇華されているように思えて、個人的には大変嬉しい発見だったように思えた。このアルバムのBerimbau大好きです、ハイ。

 
Tom Jobim/ inedito

1987年制作。晩年の彼の活動を支えたファミリーバンド;ノヴァ・バンダとの共演。アレンジは、パウロ・ジョビンとジャケス・モレレンバウムという事らしい。ジョビンの60歳の誕生祝として企画され、制約なしの制作にあたっての全権はジョビン自身に委ねられたらしい。イチロウから教えて貰ったところによると、ジョビン自身は全作品の中でこのアルバムが一番のお気に入りだったらしい(へーw)。

実は、このアルバムは既に持っていておまけにi-podにちゃんと取り込んでいた。何時から持っていたのかも全く記憶になかった。何故こんなヘマをやらかしたのか?それには思い当たるところがありまして、実はボクは最晩年のライブ活動の主体となっていたこのノヴァ・バンダとの共演作品が今一つピンと来てなかったのです。確かに、彼の子どもたちが含まれるバンドの演奏は悪くなかったし、そしてジャケスのチェロの入ったテイストもそれなりの趣があって決して悪く感じられていたのではないけれど、印象が薄かった。

ここでもボクの偏見が働いてしまうのだけれど、もう功なり名を遂げた大家の余裕の顔見せ的ツアーのバックバンドぐらいにしか捉えてなくて(スミマセン、我ながら酷い偏見だ)、音楽的にはそれまでの作品群に比べてもう一つなのではないかと勝手に勘違いしていた。だから最初の#1 waveが始まった瞬間から、もう真面目に聴いてなかったのだろうと思う。

この度、改めて全編を聞き直してみて、上に書いたことが愚かなる私めの偏見であったことにようやく気が付きまして、ご本人並びに関係者各位にお詫びを申しつつ訂正させていただきたいと存じますw。

このアルバムは、実は素晴らしい。このアルバムは記念アルバムの要素を持ちつつも、本当のところはジョビン自身の新たなるチャレンジだったのではあるまいか。ジョビンは、若い音楽家(パウロとジャケス)にそのアレンジを任せつつも、彼ら二人の取り組みやアイデアを上手く受け止めてそっと表現しているようであり、ジョビンの懐でどのメンバーも真摯に演奏しているのが、こちらに伝わってくる。多分、これまでの名だたる名アレンジャーや演奏家が表現出来なかったジョビンの作品の側面を探求しようとしている、そういう様子がふとした瞬間に伝わってきた。そういう事だったのだろうな(と、独り勝手に解釈させて貰いましたw)。

これが60歳の時の作品か、集大成と新たなるチャレンジ。ちょっと個人的には思うところあって、この作品からエネルギーを注入して貰ったような気がした。

 
毎度毎度のことなれど、アントニオ・カルロス・ジョビンの作品を聴いていると、その偉大さに気づかされることになってしまう。もう初めてその音楽を知って30年以上も経とうとしているのに、あちらこちらをウロウロと寄り道をしてきたものだから、未だに全作品を聴いてないし、その魅力を全部理解できないる。おかげで何周も周回遅れで、その魅力を今更のように再発見していることになっている。大原麗子さんではないが、「ちょっと愛して。長く愛して(って、このフレーズは流石に古いなw)」が続ているわけで、そう云う意味では未だに新鮮な気持ちで彼の作品に向き合う事になって、いつまでの卒業できないでいるのだが、彼の作品に惚れてしまったのだからそれも仕方がないか。そして聴き終わるとなんだかその感動を言葉にしたいのだけれど、周回遅れの者が不用意なこと・的外れなことを他のヒトに恥ずかしくて言えないがために、人知れずこのblogに書き留めているという次第である。

 

さて、何時の間にか“独りジョビン祭り”という状態になり、大変盛り上がってきたので、これまで持っていなかったジョビンのアルバムをしばらくネットやi-tune storeで探してはポチり、そして独り梅雨の夜に聴き込んでは感動するというお遊びをつづけていくことになるのではないかと思う。

 

(多分)つづく。

 

2015年6月28日日曜日

“梅雨の合間の晴れ”の日に…….

南九州から四国沖に長らく停滞していた梅雨前線がゆるゆると北上したらしく、私の住む地方では今週の金曜日未明から本格的で強い雨が降り出した。

そろそろ梅雨も後半に差し掛かり、本格的な長雨時期に入ったのではないかと勝手に思っている。金曜日の午前中は業務の都合で外出したのであるが、出先でしとしと降る五月雨を眺めながら、時折写真を撮り梅雨に相応しいネタはないかと考えていた。“「梅雨」という言葉の由来を絡めて少ししっとりと来るものはないものかなあ”、雨男に相応しいネタを練ろうとするものの話題は広がりそうもなく、暫くして諦めた。まあ、もうしばらくの間の宿題としようか。


ネタ探しは諦めて、それでは“本格的な長雨シーズンを如何に過ごそうか”とあれこれ思案してみた。これもまた良いアイデアは浮かばず、結局は鬱陶しい日々をクルマや職場の居室で、雨を眺めながら爽やかな音楽を聴くのが良いだろうと思い定めた。





その日の昼休みにi-tune storeを色々眺め物色していたのだが、紆余曲折を経て選びDLしたアルバムがこれ。

 

 Ella Fitzgerald sings the Antonio Carlos Jobim Songbook

このアルバム、熱心なブラジル音楽愛好家であれば必ずや眉をひそめずにはいられないであろう演奏で、エラ・フィッツジェラルドのヴォーカルはあくまでもソウルフルw、バックの演奏も何とも賑やかしい。これまで私なりに抱いていた各曲のイメージ/ どこかナイーブでラブリーな、そう云った曲想をものの見事にぶっ壊してくれている。恐らくトム(ジョビン)もこの演奏を聴いて流石に頭を抱えていたのではないかと想像するくらいのぶっ飛びようである。

 ただ、ここまでぶっ飛んでエラおばさまワールドを展開してくれると、却って大変愉快でありある種の爽快な気分になった。長雨シーズンの憂鬱さを吹き飛ばしてくれそうである。そんな愉快な気分を反映したわけではないであろうに、天気予報では翌日まで続くと思われたシトシト雨が、その夕方には見事に晴れて美しい夕暮れを見せてくれた。
 

 






本日(日曜日は)、朝から快晴であり辺りは雨で大気中の塵が洗い流されたように光り輝いている。強い陽射しにも係わらず涼しい風が吹いていて肌で感じる湿度も低いようで、大変爽やかな一日であった。北上しかけていた梅雨前線がまた大陸性高気圧に押されるように南方へ後退させられたようである。
 

 私は、生憎仕事場のお留守番係で一日中を職場の居室で過ごしていたが、雑用の合間に梅雨後半戦に向けての音楽選びをしておこうと思い立った。

 


ネット通販サイトで、色々と物色。エラがあるのであればサラにもブラジルものがあるに違いないと踏んで、Sara Vaughanを検索してみた。そうしたら、ありましたw。



 
I love Brazil”と“Brazilian Romance” 

 
どなたかの評価コメントに、サラもブラジル音楽を気に入っていたとか。残念ながら試聴は出来なかったが、多分“ぶっ飛んで”いるに違いない。早速ポチるw。

 そしてついでに、定番の「Jobimもの」でこれまでに持っていなかったCDを物色する。そして何とか見つけ出したのがこの2枚のCDアルバム。「Edu E Tom」と「Inedito」。














 










 それから気になったアルバムが1枚。どうもジャケットの図柄から匂うw。エミール・デオダード編曲によるJobimの曲が数曲含まれているらしい。暫く迷った挙句、イチロウ・ジロウにFBを介して助言を乞う。すかさずジロウより返信があり“must buy ! ”とのこと。大いに力を得て、先ほどのサイトに戻りポチる。 「Love Strings and Jobim」

 

 これで長雨シーズンをインドアで過ごす支度が出来たと云うものである。今年はエルニーニョ現象の影響で日本への太平洋高気圧の張り出しが弱まりそうで、梅雨もひょっとしたら長引くかも知れないとのこと(どこでその記事を見たかは失念したが)。

たとえうっとしい梅雨が例年よりも長かろうと、それはそれでいい音楽を聴きながら楽しもうではないか。ある時には、車窓から或は居室の窓から五月雨を眺めながら、雨がシトシトと降る夜には五月闇に蛙の鳴き声を聴きながら、これらの音楽を楽しむのもよさそうだと独り思っていた梅雨の合間の晴れ日であった。