2026年11月2日月曜日

ひ・み・つ

 先日大そうなお礼の品をいただいた。


知り合いの男性の御子息とご令嬢が、同時に私の母校を受験されることになり、ついては私に推薦文を2通書いてもらいたいとの依頼があった。

その御子息ならびに御令嬢とは、これまで一度も面識がないのであるが、その知人には仕事を通じてこれまでに大変お世話になって来たことや、受験期の子どもを持つ親の心情を察せられることもあり、「私の拙い文章で良いのであれば」と断りを述べた上でお引き受けすることにした。

提出期限を尋ねると残り一週間しかなく、取り敢えず推薦文用紙と共に送られて来たご本人達の志望理由書を読みながら、文案をあれこれと思案した。ご本人の文章を読みながら、若いヒトなりの希望を汲み取ったり、知人の親御さんとしての期待を想像しながらなんとか2通の推薦文を約束の期限までに送り返すことが出来た。

2つの文章をメールで送りほっとしていると、しばらくして、その知人から電話があり、ご本人からいたく感激したとの内容でお礼の言葉をくださった。普段は、もっとフランクな物言いをされる方である筈なのに、その言葉には改まった丁寧な話し方と、その方の普段は接し得ない親としての一面を垣間見るような印象があり、微笑ましくもある種のおかしみを感じずにはいられなかった。


数日後、私の職場に分厚い包み紙が宅急便で届いた。送り主は、その知人の方で、中身は確認するまでもないモノだった。私は、その知人の行為に大変驚き、その日のうちにメールで「私とあなたの間ではそのような堅苦しいやり取りはしなくて良い筈ではないか。日頃からお世話になっており、これまでの恩返しのつもりで書かせてもらっただけである」ことをユーモアを込めて抗議した。

すぐさま、彼から返信があり、私のいうことはご尤もなれど、どうぞ快く受け取ってもらいたい。奥様孝行のつもりでとのことであった。


私自身世事に疎く、この場合快く受け取ることが良いのか、固辞するべきなのか迷ったのだが、その知人の行為を親心として受け止めて有り難く受け取ることにしたのだった。


その晩、夕食の世間話として女房に語り聞かせると、彼女曰く、2人一度に私学へ入学させるのは親御さん大変だわと。続いて「因みにどんな文章を書いたのか、読んでみたい」というので、スマホに残したドキュメントデータを読ませたところ、女房は珍しくなにも批判めいたことを言わずに「確かによく書けてるわw こんな文章を書いてもらったら、親としては何かお礼したくなるねw」と言った。


「マサキはねえ、意外と文章上手いんだよね。羨ましいわ〜。ねえ、文章どんどん書いてよ。普段感じたこと…、それをいつかまとめて出版したら、案外ウケて売れるんじゃないかなぁ。この前テレビのワイドショーでね、あるドクターが何気に書いていた日記を奥さんが、偶然見てけて読んだんだって。その奥さんは、その文章がよく書けていると思って、その日記をまとめて出版社に売り込んだら、認められて売り出されたんだって。そうしたら凄く人気が出て増版につぐ増版になったらしいよ。」「マサキもくだらないこと、インスタに挙げるのを止めて、何か文章書こうよ。ね!それでそのお金を老後の足しにしようw」


この女房、自分の旦那が10年以上もの間、駄文をしたためてはblogに載せる密やかな楽しみを全く知らないのである。


マサキ、そのことをこの際女房に告白しようかな?とも一瞬考えてはみたのだが、その文章を読んだ時の女房の反応が容易に想像出来た。


「blogの件は、やっぱ墓場まで持って行こう」と改めて決意したマサキであったw


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