2015年10月30日金曜日

“場の音楽”を真剣に聴いてみる、の事

ホテルに滞在中、デパートに買い物に行った時、或は何処かのレストランで食事をしている際などに、ふと気が付くと小さいボリュームで音楽が流れている時がある。大抵は所謂イージーリスニング音楽が流れていて、その場での人々の会話や作業などを邪魔せず、場の雰囲気を軽快なものにしてくれていたり、和やかなものにしてくれている。その場にいる大多数の者にとってはとりとめのない気を引くほどのものでないのであろうが、私は他のヒトに比べてそれらの音楽に気を惹かれているというか気になっている方なのではないかと思う。

 例えば、喫茶店やレストランなどで好きな曲がかかっているとふと目の前の会話よりも、その場に流れている音楽に気を取られてつい小さくハミングしてしまい、「行儀が悪い」と同席者から嗜まれることもあったりする。

 そう云えば、喫茶店/ カフェやカジュアルレストランにおいて、場の音楽:バックグラウンドミュージックとしてボサノバ・ブラジル音楽が選択されていることが多くなって久しいように思う。穏やかで愛らしいメロディーや軽快なリズムが、そういった場に相応しいと判断されて選択されているのであろう事は容易に理解できるのだけれど、そこかしこで流されていると、「なんでイタリアンレストランなのに、ブラジルやねん。カンツオーネ流さんかいw!なんでフレンチなのに、ブラジルやねん。シャンソン流さんかいw!」と突込みを入れたくなってしまうほどである。

 そこかしこの飲食店でボサノバ・ブラジル音楽が流されることになると、熱狂的な人気を得るほどではないにせよ、静かな支持を得て一般の方々にも浸透する。一定の需要があれば、CDの作り手もそれを見込んで「カフェものボサノバ企画アルバム」が制作されるようになりCDショップの片隅に置かれるようになる、そしてある年齢層の女性を中心に購入されて、ドライブや女性たちのちょっとした集まりにおいて、その場を和ませる装置としてボサノバ・ブラジル音楽が流されるようになり、一定の市民権を得る。
 
例えば、然程ボサノバ・ブラジル音楽に然程興味のないうちの女房なども気が付けば2-3CDを持っていて、どうもお付き合いで知人を自宅に呼んだ際などにそれらのCDをかけているのだそうな。

 50年以上も前に生まれたこれらのポピュラー音楽が、生まれたしばらく後の大流行時期を経て、更には一部のファンが愛聴していた時期を過ぎて、今では然程音楽に興味を持っていない大多数の方々の“場の音楽”として一定の支持を得ながら聴き継がれていることを想うとちょっとした感動を覚える。“ボサノヴァを創ったオトコ”はこの状況―場の音楽として緩やかに多くの人々から支持されていることーを天国からどんな風に観ているのだろうか?ボクには、多分よろこんでいるように思えるのだが……..

 さて、先日何時ものごとくtwitterF.B.を眺めているとジロウが「ことりカフェ」なるアルバムを載せていた。彼からのコメントがなかったので、“こんなCD出ているよ”程度のメッセージとして受け止めたのであるが、そのジャケット写真を見ると、見るからに「カフェ企画もの」で、彼がそのようなアルバムを載せてくること自体を訝しく思った。



 それでも彼の無言のメッセージが気になり、通販サイトで検索してみると、このアルバムに作曲と演奏にあのMikaさんが参加されていることが分かり、ジロウのメッセージ意図がなんとなく分かるような気がした。

 あの楽しいMikaさんの岡山公演/ Gilberto’sの面々とのオフ会から約1年過ぎようとしていて、そろそろMikaさんの新譜は出ないものだろうかと思っていた矢先のことであったので、ジャケットから感じる“一抹の不安w”を覚えつつも、“話題に乗っかろう”と思いポチってみた。

 このCDは、「ことりカフェ表参道」という小鳥をテーマにしたカフェが企画したアルバムのようであり、ジャケットの裏側に“生活空間にいつもと違う彩りを”なるキャッチ・フレーズが記されてあった。そう云うコンセプトで制作されたものらしい。

 各曲の中に、野鳥のさえずりがあしらわれて、ピアノ・ソロ、アコースティックギター・ソロ、ピアノとアコースティックギターのデュオによる演奏が全部で10曲収録されていた。作曲はMikaさん(track13, 610)と磯村由紀子さん(track4, 5)が担当とのこと。

 鳥のさえずりでは、鶯、雲雀、セキレイは分かったのであるが、後は南洋の野鳥らしき囀り………、ホトトギスの鳴き声が聴かれなかったのが残念…….。そこかい!(と、独り突込みを入れてみるw)

 アルバム全体としては平和的なトーンであり、その企画意図通り、カフェでも普段の生活おいて流していても邪魔にならず聴く側を穏やかな気分にさせてくれる。

 Mikaさんの作曲したtrackは、軽やかなラテンリズム基調で抑えたピアノタッチのものと#7湖畔にて、#8そよ風 のようなスローテンポのイージーリスニング調のものがあった。Mikaさんの仕事についてこれまでのSamba Jazzアルバムでの演奏しか知らない私にとっては、#7、#8などは意外で“へー”と思ったのだが、これらの曲も決してnegativeな印象とはならなかった。

 
この度のアルバムは、普段の生活を彩る“場の音楽”が企画だもの。その企画に沿ったスーローで抑制的な楽曲を提供することは、企画を受けたプロの音楽家の任務としては当然なのだろうし、ラテン調の曲だけではなく(言葉は適切ではないけれど)“正統的なイージーリスニング曲”を提供出来るのも、アーティストとしての音楽性の幅を示しているのだと思った。

 
それともうひとつ印象に残ったことがあった。

このアルバムと、これまでのMikaさんのリーダーアルバムと聴き合わせてみて感じたことなのだが、この方の演奏者としての魅力は、アップテンポ曲おいて明晰で流麗な指さばきや演奏法の選択に優れたセンスを示しているところだけでなく、他方でスローテンポな曲や軽快な小品の演奏において、冗長的なタッチや必要以上の修飾的音を排除することによって過剰な感情表出を避け、むしろ抑制的な指使いで曲全体を軽やかにまとめ上げる程良さ・ある種の“理性的な志向性”を示しているところだ、とボクには思えたのだが、どうだろう。

こういった点において、このアルバムに収録された小品においても彼女の演奏にある種の程良さ・知性を感じせるものがあり、なかなか聴いていて楽しい仕上がりとなっていた。このアルバムを“場の音楽”として聞き流してはいけませんぞw。

どこかの喫茶店やレストランでこのアルバムが流れていると、また会話や飲食を忘れてMikaさんの演奏に耳を傾けてしまうのだろうなと思った。

 
たまには、“場の音楽”を真剣に聴いてみるのも楽しいものです、ハイ。

 

(おわり)

 追記;Mikaさんの次のリーダーアルバムが何時頃出るのであろうか?ジロウ、コウスケに、その辺りの情報を何か持っていないのか、聴いてみないと.......。
 

2015年10月22日木曜日

ひょうひょうと........。

このブログサイトに雑多な日記を書き始めて、今月で1年経ったようだ。別のブログサイトで20133月から駄文を書き始めたのであるが、次第にマンネリ感・ネタ切れ感が生じてきて、気分を一新したくてサイトを変えたのだった。


 
 書く場所は変えても私の脳ミソはひとつなので相変わらずのマンネリ・ネタ不足が解消したわけではなかったのだが、それまでのブログを書くことに対する余計な力が取れて、思いつくままに書き綴ってこられたのは、それなりに楽しかった。

 このブログのダッシュボードを確認すると、前回までで81回の書き込みに対して786回のアクセス数がカウントされていた。1回の書き込みに対して平均9.7回程度のアクセス回数であった。意外であったのが、日本国内からだけでなく、時に米国、フランス、ロシア、ある時はマルタ共和国からのアクセスが記録されていたことだった。どのような理由でこんなブログにアクセスしてきたのか?その理由は分からない。ある情報機関からチェックを受けているのかw?或は日本好きの方が、色々日本のサイトを閲覧している間にたまたまヒットしたのか、そんな詮もなきことを勝手に空想しているのも楽しかった。

 このブログを始めた頃、ブログを書く上でのマナーや工夫する点をちゃんと弁えておこう思い、ネット上でそれらしい記事を探していたところ、ある(恐らく)プロのブロガーの記事が私の目を惹いた。

 同氏曰く、「アクセス数が、月5000回以上ないブログは、クズ・ブログである」と。5000/ 月以上ないブログはメディアとしての価値がないのだそうだ。確かに、そのくらいヒット回数のある記事は、人々にとって大変有益で、情報価値の高いブログなのだろう。それはそれなりに理解できるし全くもって同意するw

 翻ってみるに、我がブログはひとつの記事に対しても2桁にも満たないから、同氏から見ればクズ・ブログ以下なのだろうw。確かに、このブログ記事は情報性に乏しい。だけれど、当初より、私から何か情報を発信したいと思って始めたわけではなく、普段の雑念をごく親しい知人に読んでもらい、「相変わらず能天気な事思っていやがるな、うふw」と思っていただくことを主目的に、そしてこの駄文をたまたま読んだ不特定のヒトが「世の中には、こんな阿呆な奴がいるんだなあ。物事そんなに深刻に考えなくても良いか」などと少しでも気分的に楽になっていただければという想いが2次的な目的なのであった。時系列や事実関係についてはいい加減なままで、思うがままに書いているだけなので、情報価値が乏しいことを承知している。それ故にアクセス数が多くなると却って困ってしまう。

 さて、上記した記事でそのプロ・ブロガーの方が、アクセス数を増やす方法を指南してくださっていた。

うる覚えで描き出してみるに、

    キャッチーなタイトルを付けろ:確かに人目を惹く興味が湧きそうなタイトルづくりは効果的だろうな。

    人々が話題としているモノについて書くべし:全くだ。

    とにかく頻回に記事を書いてupすべし:確かにup回数が増えれば増える程ヒトの目には触れやすいだろうな。

    例え世間で然程話題にならないテーマでも、同じテーマでブログを構成すると、一定の同好者の注目を受けるだろう;そうだろう、そうだろう。料理、アルコール、飲食店、文学、音楽、旅行などテーマが統一されていると、同じ趣味をもったヒトはリピートしてくれるだろうな。

 そうなのか、そうやっていくとアクセス回数が増えていくんだなあ。同氏のご指南がとても参考になり大変勉強になりました。

 という事で、即ちアクセス回数を極力抑えたい野郎としては、その逆を実行したらアクセス回数が伸びず、世間の皆様から知られずに済んでしまうのだということが分かった。

 それを参考に、テーマも決めず、なるべく曖昧なタイトル付け、更新回数は週1回程度とするなどを意識して、この1年間書き綴ってきた駄文の塊がこのブログなわけである。
 
※唯一の失敗例は、「びわ湖ロングライド、云々」と、自転車愛好家の間ではそれなりに有名なイベントをタイトルに付けてしまったためか、今での少しずつではあるがアクセス数が増えているw。

 今後も内容も情報性も乏しい記事をボチボチと書き綴っていこうと思う。

 

(追記・言い訳)

上手い・下手は棚に上げて述べさせて貰いますが、「劇的な変化に乏しい日常生活を文章にしていくということはそれなりに難しくテクニックがいるものなのだ」みたいなことを書かれていた作家さんがいたなあw。

 

おわり

2015年10月21日水曜日

海岸べりの愚氏w~時速50㎞の呪縛~

何時の頃からか、イチロウがF.B.上で自転車ツーリングの模様を記事にする際に、私の事を「○○のグライペル氏」との形容するようになっていた。

 グライペル(アンドレ)氏とは、1982年生でドイツ出身のロードレーサーである。2015年ツール・ド・フランスの最終ステージに優勝するなど、様々な自転車レースで区間優勝を飾っているスプリントタイプの選手である。筋骨隆々で愛称を「ゴリラ」と呼ばれ、ご本人もその愛称を気に入っているのだとか。

 私と云えば、このブログに時折書き綴っていたように、グライペル氏どころか、イチロウと連れ添ってツーリングに出かける際には、ヘタレにヘタレた状態となっていて、そのようにイチロウから形容されることについて何とも気恥ずかし気持ちを抱いている。

 他方で、このままヘタレキャラをブログに綴って甘えている訳にもいかないと思われて、そろそろ自転車へのモチベーションを取り戻し、自転車トレーニングを再開して行こうかと強く思うようになった(どこまで続くか分かりませぬがw)。まずは気持ちを切り換えるきっかけとして、ジャージを1枚新調してしまおうと思いつき、通販サイトを物色。Cinelliのロゴ入りのジャージを幸運にも発見、デザインも落ち着き価格も手ごろだったので迷わずポチッた。先週の水曜日に手元に届いたのだが、性根が軽薄なものだから、つい嬉しくなりイチロウに見せた。

 イチロウが「おお、良いじゃないないの、着たところを一枚撮らせろ」というものだから、調子に乗ってその場でジャージを羽織り、彼に一枚撮ってもらう。私は、早速F.B上にジャージが届いたこと書いてupしたのだが、しばらくするとイチロウも、私の新ジャージをネタに記事をupしていた。

 イチロウのコメントには「○○のグライペル氏が云々、フラットなコースを24inchの自転車で時速50㎞を叩き出した、云々」と記載されている。“グライペル氏との形容はまだしも、時速50㎞は余りにも大げさじゃないか?奴め、オイラのヘタレぶりを間近で散々見ておきながら…..、どういうつもりなのだかw”。

 流石に看過出来なくなり、私から彼の記事に訂正するべく「50㎞とは余りにも大げさなw、それにしても誰がゴリラじゃあ?」とコメントを入れた。数回のやり取りを経て、余りにも実態とかけ離れているのでグライペル氏の形容を辞退する旨伝えたところ、彼が応じるに「グライペル氏と形容して、お前を鼓舞しているんじゃないか」と返答を返してきた。もうそう言われてしまえば二の句も告げられずw。

 やむなく、次回からはイチロウの事を「山里のフルーム氏」と形容してやろうと密かに決意するw。

 ※;フルーム(・クリス);1985年ケニア・ナイロビ生まれ。自転車ロードレーサー。2013年、2015年のツール・ド・フランスの覇者。

 さてそれから数日経った先週末日曜日、午前中に時間が取れたので、早速おnewのジャージに袖を通すべく、おっといえいえトレーニングするべく、自転車に2時間ほど乗ることにした。コースは自宅から宮島街道沿いを宮島口まで片道16㎞強、ほぼフラットで、自動車交通量は多いものの、道幅が広く路側帯もゆとりを持って設けられている。天候は晴天であり、午前9時過ぎに出る頃には気温18℃、南西からの微風で自転車に乗るには最高のコンディションであった。

 なるべく早いピッチを意識しながらペダルを漕ぐ。前日深酒をしてしまったwので、出足は少々重たかったが、体が温まるにつれて両脚も軽くなる。廿日市市街までは信号によるストップ・アンドゴーを繰り返さざるを得なかったのであるが、同市街地を抜けてしばらくすると海岸沿いに出る。やや向かい風を受けることになるが気分的には爽快で、イチロウが何気に盛った話~時速50㎞を出した……。~が脳裏を過った。実際に平坦路においてバイク(しかも素人が)で時速50㎞が出せるものなのだろうか?

 ついつい邪な気持ちが頭をもたげて、実際に試してみたくなった。天候も良く、走行距離も短めに設定しているので、チャレンジするには丁度良い機会であった。

 ここから先の宮島口手前までは、信号が少なく路面もスムースであり路肩も広いので、3か所くらいをアタックポイントに設定し、往路復路において夫々にアタックをしてみることにした。各アタックについては多分200300mlのダッシュだったと思う。

 スマホアプリ・Runtasticで計測によると、往路での最高速度38/hr。復路での最高速度47/hr (!!)であった。うーむ、惜しいなあ……w50/hrって鍛えように依っては夢じゃないかも。往路は微風ながらも追い風もあったし、ひょっとしたら多少の下り勾配があったのかもしれない。ただ坂道と呼べるほどの箇所はなかった。

それにしても、数値の上では3km/hr足りなかったけれど、この3㎞というのが実は越えがたい壁なんだろうか?

 平坦路で50/hrを出すことがそれなりに挑みがいのある課題になった。コンディション作りに気を配って、今後試してみようかと思う~ああ、時速50㎞/hrの呪縛なりw~。

 こうしてイチロウが渾名した「○○のグライペル氏」、何時の間にかその形容に恥じぬ実態づくりをすることがひとつの目標になったのであり、自転車トレーニングを続けていくモチベーションになったのであった。
 
人呼んで「海岸べりのグライペル氏(・グ氏・愚氏)」という。我ながら御目出度い奴ではあると思うw。

 


おわり

 

2015年10月20日火曜日

独りNABESADA祭り

何時ものごとく何気にTwitterを眺めていると、珍しくイチロウがツイートしコウスケと駄弁っている。201510月に渡辺貞夫氏の新譜:Naturallyがリリースされ、その共同プロデューサーとしてcello奏者のジャキス・モレレンバウムを迎え制作されたらしい。それを眺めながら、“へー”とは思ったものの私の興味はそれ以上湧かなかった。

 然程時間をおかず、イチロウより「上記した旨であるから良いに違ないから、是非聴いてみようぜ」という提案があった。ブラジル音楽好きの端くれとして、ジャキスの演奏には興味が湧いたものの、実はこの私めこれまでに渡辺貞夫氏のLPCD作品を聴いて来なかった。勿論同氏が数多くのボサノバ・ブラジル音楽を取り上げたアルバムを作成していることは知っていたのであるが、何故か聴いて来なかった。

 尚も“うーん”と曖昧な反応を示していると、イチロウがややもどかしそうに「本当はね、マサキに是非聴いてもらいたいアルバムがあるんだよなあ……。」と宣う。それは、「Sadao meets Brazilian Friends」という1968年制作のアルバムで、なんでも同氏が単身ブラジルに乗り込んで地元ミュージシャンと共に録音したものだとか。


 
 それを聴いても私は余り食指が動かなかった。取りあえず、Gilberto’sの一員として話題に乗り遅れまいと「Naturally」を通販サイトでポチり数日を経て手元に届き聴いてみた。同氏の奏でるアルトサックスの音色は美しいし、ジャキス・モレレンバウムのcelloにしてもアレンジも隙がなく美しい仕上がりになっている。文句なしなんだけれど……..。どうもしっくりとこない。それでもよく考えたら渡辺貞夫氏は1933年生まれということなの今年で御年82歳!

そのお年で新作を出すという衰えを知らない創作意欲、その確かな演奏を思うと本当に心から頭が下がる想いがした。イチロウと各々の感想を2-3交換した後、イチロウが再度Sadao Meets Brazilian Friendsを聴いてみろと強く勧めるので、“そこまで言うならば……”と通販サイトで中古盤を発見しポチり購入してみる。

 思い返してみるに、渡辺貞夫氏については私が音楽的物心つき始めた頃(中学生)の頃には既に日本のポピュラー音楽シーン、否コマーシャル・メディアにおいても大変メジャーな方だった。テレビなどでは「カルフォルニア・シャワー」と共に、男性化粧品のコマーシャルやバイクのコマーシャルにも出ていらっしゃって、格好いい髭のオジサンって感じだった。大げさでもなんでもなく70年代から80年代にかけての時代表象のお一人だったように思う。余りにもメジャー過ぎてつい敬遠していたところがあり、そのまま今日まで同氏の音楽を聴かず仕舞いだったな。


 
 数日して、「Sadao Meets………」が手元に届き、仕事が終わると早速i-tuneに取り込みながら、聴いてみる。#Bim Bon, E Nada Mais……..と最初の2曲で完全にノックアウト状態。もうスゲー、スゲーw。同氏と地元ミュージシャンの出会いによって生じた化学反応というべきか……、演奏全体からエネルギーがほとばしっている! 同氏が地元に単身乗り込んで、地元のミュージシャンと真剣に渡り合ってセッションしている様子が伝わってくるようだ。地元の演奏者の演奏にもおざなりなものではなく良い緊張感・気合が十分に発揮されているようだ。そう思うと、地元の共演者をして真剣にセッションに向かわせた音楽的エネルギーがWatanabe Sadaoにはあったんだなあ。

 ※隣で、イチロウが“ボサノバ音楽史に残る作品としても良いくらいの出来だ”と宣っているw。

 このアルバムを聴いて、完全に渡辺貞夫氏に嵌るw。序でに、i-tune storeでボクらの世代の者にはメジャー過ぎる、だけれど私は完全にパスして聴いて来なかったアルバム「カルフォルニア・シャワー」(1978)をポチって聴いてみる。



 “ワ~、これも凄いw!”同アルバムタイトル曲「カルフォルニア・シャワー」を聴き始めて驚く。こんなにも緻密に楽曲づくりしていたのか……。道理で、このアルバムはジャズ・フュージョンにしては異例の大ヒット、100万枚以上の売り上げを記録したのも分かる。あの時代の音楽が凝縮されているようで、このアルバムを日本の音楽史に残る作品だったんだな、今聴いても恰好よし。37年前の音楽に今頃嵌っておりますルw。

 
てな事で、イチロウに火をつけられた格好となり、独りNABESADA祭りを始めている。ただ如何せん同氏は多作なお方なので、どのように食指を伸ばしていくべきか思案しているところである。


 取りあえず、ボサノバ以前のものとして#(1961Sadao Watanabe, Sadao Watanabe Live At The Junk1969, フュージョン期のものとして#My Dear Life1977, Morning Island(1979)を購入して聴いてみることにした。



 これらをポチり終わったところで、イチロウから耳寄りな情報があり、1113日に私たちが住む街で同氏がカルテットを率いてライブを行うとのこと。二人で是非聴きに行ってみるかということになった。
 
 

 翌日更に楽しい情報が、Gilberto’s関東支部の面々より届く。201512月に同氏が「Naturally」を録音したメンバー編成で東京公演をすることになったらしい。関東支部よりイチロウと私に「出て来ないか?」との打診あり。私の気持ちとしては、“是非とも!”と返事したいところであるのだが、何故かイチロウの反応が今一つ鈍い。折角、事前勉強をし、本番に望む、そしてGilberto'sの面々と楽しいオフ会という黄金コースを昨冬のMika Samba Jazz Trioライブの時に確立したのになあ、今回もその再現と思いきや……

 “あのさー、ここまで来て。オイラの火をつけておいてw。梯子外すかあ?”と突込みを入れるが、今のところまだイチロウより色よい反応が帰って来ずw。こうなったら、NABESADA祭りをこれでもかとデモンストレーション・示威行為を続けるしかないな……

 と、思い定めた矢先ことだった。
イチロウはmessengerでコウイチとポール・モーリア談義に花を咲かせていた。適当にその会話には乗らなかったのだが、アニキが宣うには「あのさ、最近思うところがあってなあ、俺たちの世代って結構隠れポール・モーリア・ファンっているんじゃないかな。ポール・モーリアで初めてブラジル音楽に触れたんだけれど、ポール・モーリアが取り上げたMPBの演奏ってリズムとベースがスゲー恰好良かったよなあ。マサキも子どもの頃聴いていたんじゃないか?どうだ?」だとプッシュしてきた。

 「ポール・モーリア? いやいや、オイラは“水色の雨”しか知りませぬw」「確かに、隠れポール・モーリア・ファンが数多いるだろうことには全く持って同意するけれどさ。」

 “おいおい、こっちは、まだまだNABESADA祭りの端緒についたところだぞー”“ポール・モーリアまでは手が回らんだろうが……w”

 全く、どうも毎度のことながらイチロウにオモチャにされているような気がしないでもないw。

 

(おしまい)