その名前はタマちゃん。身長103.5㎜、横幅61.8㎜、厚さ10.5㎜、体重140g、つや消しのブラックのボディー、大きなマナコに、まん丸としたお腹の持ち主で、主のポチオに引き取られて早や5年と数か月の月日が経った。
ポチオがタマちゃんを店頭で見つけた時には既に新しい品種の物が出回っていて、このタマちゃんの寸胴なボディーとその狭い芸風は、既に時代遅れの感があった。それでもポチオにとって魅力的に思えたのは、芸の単純性による飼いならしやすさとその大食い(160GB)であった。ポチオが、タマちゃんを引き取る時にまず真っ先に思い浮かべたのは「さて何曲食わせてやろうか?」ということであった。
その後、このタマちゃんは、主・ポチオのいう事をよく聴き次々と美味しい曲をその腹に収めてくれて、ポチオの望む時に望むがままに美声を披露してくれた。腹に収めた曲は約8000曲、クラシックからジャズ、ブラジル音楽、ロック、ニューエイジ、フォークソング、等々。
ポチオの発作的なお祭り騒ぎ;Haydon 交響曲祭り、モーツァルト・コンチェルト祭り、Penguin Café orchestra祭り、Gilberto 祭り、Elis Regina祭りにLuiz Eca祭り…….などの際には、無茶な要求に耐えて沢山喰らっては、その度に美しく歌っていた。
またポチオの行くところ、枕元から職場まで、或いは、遠くは、びわ湖、富山、日本アルプス、東京、果ては札幌まで大人しくお供してついていき、ご主人様を昼夜問わず慰めていたものだった。
ポチオにとってタマちゃんは、楽しくも逞しい良き相棒であったのだが、唯一の欠点があって、ポチオが自由に歌わせてやると、最初の内は程よく色々なジャンルからピックアップして良い歌声を聴かせてくれるのだが、そのうちにタマのほうでも手抜きをするみたいで、アーティストを変えて同じ曲を延々と続けたり、同じ交響曲の中から楽章の順番を変えて歌いだすなど、聴く側にとっては誠に居心地の悪い歌い方をしたものだった。ポチオも最初は腹を立てて、「仕方ない。歌う曲を具体的に決めてやる」とランダムを解除し、具体的なアルバム名を指定してやっていたのであるが、次第にこのタマちゃんの手抜きぶり・ええ加減さがどこか己の性格に似ていることに気づき、彼としてはタマちゃんのことをより一層愛おしく感じるのであった。
そんな楽しくも愉快なポチオとタマちゃんの蜜月時代が5年と数か月続いたある日のことだった。数日前より、ポチオは「この梅雨時を爽やかに過ごすには、久しぶりにジョビンを聴き直すのも良いな。おっ、独りジョビン祭りw!」と相変わらずも能天気な妄想に浸り、その妄想がひと段落ついたところで、早速ネット通販サイト、i-tune storeを物色しながら、気になるアルバムを見つけ出してはポチるという行動を取っていた。そして、数枚のアルバムを手に入れて、誠に個人的な感想を好き勝手にブログにつづり、独り悦に浸り自己満足を覚えるという何時もの遊びをしていた。
blogを書いた翌日、ポチオはそれらのアルバムを聴き返しながら、その他にポチ漏れがないか、wikipediaに載っていたA.C.Jobimのdiscographyとタマちゃんの腹に収めたアルバムタイトルを見比べながら、まだタマちゃんの中に収まっていないものを見つけて、更にポチるという行動を取っていた。
「何やっているんだ、ちょっと大人しくなったと思ったら、こそこそと…….w。ちょっと静かにしていると思えばポチってやがるなw」。隣のオトコがニヤニヤしながらポチオのデスクの背後に廻ってきた。
ポチオ、「えへへ、まあblogを書く必要経費って思ってよw。それにしてもさっきから気になっているのだけど、この“Miucha & Tom”と“Miucha &Antonio Carlos Jobim”って違うアルバムのなのか?制作年が違って記載されているなあ。ボクの持っているipodに入っている同じタイトルのアルバム曲が、二つのアルバムに収録されているものの中の一部みたいなんだよな。」。
そのオトコ、「どれどれ、俺のipodで確かめてみるか。うーん、やっぱり2枚のアルバムがあるなあ。そういう事みたいだな。」。
ポチオ、「そうなのか、チクショウ。買いなおさないといけないなw。じゃあ仕方ないポチるか……。」
そのオトコ「またポチリやがった。本当にマサキはポチり野郎だなw。」
ポチオ「イチロウだって、なんで今まで2枚あることを教えなかったんだよ。黙って独りぽちってたくせによw。このむっつりポチべえめw」
てな具合に、オトコ二人のいつものおバカな会話が繰り広げられている最中の事だった。
ポチオ「あれ、俺のi-pod動かなくなったなあ。ありゃりゃ、このタマちゃんのマナコに浮かんだグレーのアップルマーク、嫌な予感……..。うわー、もうダメ。×マーク・駐禁マークが出て来たよ。」
「あ、これはどうしたんだろう。ちょっと待てよ。」二人して、夫々にパソコンを開きアップル公式サイトのサポート欄を開き、i-podのトラブルシューティング方法を探す。すぐにこのような不具合の場合の対処法を見つけ出した。
“何々。まずはi-podをコンピュータから外して、次に上メニュー・ボタンと真ん中の選択ボタンを同時に押す、そうしたらアップルマークが出て、そしてアップルマークが出たら、選択ボタンと下の実行ボタンを同時に押す”
「なるほど、ということか。」 早速指示通りに操作してみたが、やはりタマちゃんのマナコには×マークが出てきて起動せず。よく聴くと内部から「ウイーン、ウイーン」とノイズが聴こえて来た。
ポチオ「これは困ったなあ。タマちゃんのお腹を押してもさすっても、意識が回復しなくなってしまったよ。ああ、タマちゃんあんなに良い子で可愛かったのになあ」
ポチベエ「これは困ったなあ。どうするべ。俺もi-pod classicを愛用しているから、他人事じゃあないもんなあ。もう生産中止しているから、サポート状況はどうなっているのかねえ。もうやってないのかな。」
ポチオ「(ネット通販を見ながら)買い替えるにしたって、このサイトでは160GBで、56,000円の値段がついてるじゃん。ええ、困ったなあ。」
ポチベエ「それもついでにポチるのかw?」
ポチオ「ポチるにはちょっと金額がデカすぎるし…….。うーむ……..。」
i-pod classicの復旧が出来ない状態になってしまった。折角の盛り上がっていた独りジョビン祭りを続けられないばかりか、これからもどんどん音楽を食べて貰って、生活の一部になっている音楽ライフを大いにタマちゃんと楽しもうと思っていたのに。
どうするんだ、ポチオ!
(つづく)